首都圏の中学受験熱は留まるところを知らない。都内では3人に1人が受験を志し、港区や文京区に限れば60%以上の家庭が小学校受験・中学受験に身を投じるという。1980年代の中学受験参入率はわずか12%ほどであったことを鑑みれば、現状の異質さがよくわかるのではなかろうか。
名門大進学に強い私立中高一貫校行きのきっぷは、今やプラチナチケットと化した。誰もが御三家や、それに準ずる学校群への入学を夢見て、文字通り昼夜を問わず勉学に打ち込んでいる。
だが、好意的な目線ばかりではない。受験最前線の分析や解析を得意とするじゅそうけん合同会社代表・伊藤滉一郎氏の目線は「いまの中学受験参加者の、少なくとも過半数は必要がない受験をしている」と冷ややかだ。中学受験だけが進学ルートではないというその真意に迫る。
__最近の中学受験ブームについて、伊藤さんはどのようにお考えですか?
伊藤:正直、かなり懐疑的な立場をとっています。20年ほど前ならいざ知らず、問題のレベルもインフレし、学ぶべき内容が爆増した今は「小学校3年の冬から入塾してギリギリ」と言われる時代。これは、希望クラスに入れる学力がある前提の話ですから、不安があるならば小1や小2から塾通いさせるしかない。実際に、「小学校入学と同時期に入塾」なんて話も、少なくないんです。
とはいえ、小1や小2で優秀な子が、必ずしも小6までトップである保証はない。例えば、幼稚園時代にくもんに通わせていれば、他の子に先んじて四則演算を始められる。「既習ブースト」で差をつけても、徐々に難しくなる内容に予習ペースが落ちていくかもしれない。そうしていつか、貯金が無くなってしまえば、あえなく都落ち。もちろんみんながそうではありませんが、打率を見るなら小4や小5くらいの成績と伸びしろから判断するべき。個人的には、せめて小3の前半くらいまで塾は必要ないと考えています。
__そこまで苛烈になっているのですね。ただ、小1や小2から塾に通うとなれば、相当な出費になるのでは……。
伊藤:おっしゃる通りで、大変な金額がかかります。どんなに節約しても、300万円。小学校3年生の1月・2月頃に入塾して、受験終了まで満足な成績を自力で修め続けた「最低金額ルート」でこれです。中学受験塾に3年ちょっと通うとなれば、これくらいは払えないと厳しい。ちなみに「小3の冬より後に入塾して節約」はお勧めしません。カリキュラムの都合上どうしても途中からになってしまい、まず授業についていけない。その結果、新たに補習用の塾や家庭教師を申し込む必要が出てきて、結果的に出費が増える……なんてことになりかねないためです。
そうでなくとも、現代の難化に難化を重ねた中学受験についていける子は多くありません。いまの偏差値50クラスの子は、20年前に開成中学入試で出た問題を演習で解かされています。それだけでも衝撃なのに、その「20年前の開成入試が解ける子」ですら、SAPIXの定期模試に歯が立たないんです。もう、今の親世代が通り抜けてきた中学受験とは、文字通り次元が違う戦いをしている。
毎日出題されるありえない難易度の難問奇問に対して、子どもたちが追いつけていません。でも、受験に勝ち抜くなら問題を解くしかない。地頭で解けないならば、もう演習量でごまかすしかないでしょう。だから、現代の中学受験では「ダブルスクール」が当たり前。補習用の塾に、苦手科目を矯正するための個別指導や家庭教師。はては、特定の科目だけを徹底的にたたいて伸ばす「算数塾」「国語塾」まで、もう何でもありの様相を呈しています。
もちろん、塾や家庭教師を増やせば増やすだけ出費はかさんでいく。相当才能がある子でなければ、400~500万程度は覚悟したほうがいいでしょうね。私が聞いた中で、一番投資額が高い例は900万でした。
__「相当できる子」というと、つまり「小3の入塾テストでいきなり最上位クラスに振り分けられて、そのままトップ層を維持し続けて出ていく子」のようなイメージでしょうか?
伊藤:そうですね。というより、いわゆる「御三家」に受かる層は大体そんな感じです。最上位クラスの子どもたちとその親の様子を見ている限り、そこまで苦労している印象を受けません。きっと、勉強好きな子どもたちが「ちょっと難しめのパズルを解きに行く」くらいの感覚で塾に通っているのでしょう。わからなくても勝手に残って先生を質問攻めにして納得するまで帰ってこない。だから、親が家で勉強を見る必要もないし、「塾に行け」とか「宿題をやれ」とか小言を重ねる機会もない。
昔は「小5の終わりから1年間の受験勉強で御三家合格!」みたいな話もあったようですが、今はもうありえません。どんな天才児でも、最低2年はかけないと、御三家レベルには受からないでしょう。
__それでは、やっぱり相当のコストがかかってしまうんですね……。
伊藤:しかも、ここまでの数百万はあくまで「入るまでのコスト」の話。私立中高一貫校の学費は年間100万以上するケースもあり、卒業までに払う学費の合計額は600万をくだらない。さらにいえば、私立だと寄付金とかも重要な要素になりますし、中学入学以降の進学塾に通う費用や、留学をせびられたら渡航費用だってかかってくる。せっかく頑張って受験しても、「入った先で金欠」ではせっかくの環境を活かしきれず終わってしまう。
以前、「中学受験して私立中高一貫校に入り大学受験に臨む」ケースと「小中高とすべて公立で大学受験に臨む」ケースとで、それぞれ合計金額を試算してみたことがありました。結果は、1,000万近くの差が出てきた。私立中高一貫校は、やはり高い買い物です。私立進学が可能か、公立に行ってもらうか、事前の試算は必須ですね。
__ですが、それでもいい大学に進学してくれれば、親としては冥利に尽きるのでは?
伊藤:それが、中学受験の与える大学進学への影響はそこまで大きくないという説があるんです。一説によれば、中学受験をしても、せいぜい偏差値が3つ上の学部・大学に進学できるだけなんて話も……。イメージとしては、「MARCHの上位学部志望の子が、ちょっと背伸びして早慶を狙えるようになるかも?」くらいですかね。「SAPIXでゴリゴリに中学受験している子たちの進学実績の中央値はMARCH」なんて話も聞きます。
あまり受験に詳しくない親御さんだと、「お金をかけるほど、いい大学に行けるし、いい企業に行けるのだ」と漠然と考えてらっしゃるのかもしれません。ただ、実際はそんなこともない。進学実績だけを目当てにするならば、コスパは最悪です。
公立高校などは敬遠されているのかもしれませんが、中学も高校も優等生としてふるまい、内申点を着実に稼いで上位公立高校で指定校推薦の枠をもらえれば、なんなく早慶に進学できることもあります。かたや、小学校中学年から必死になって勉強漬け、数百万の投資と数千時間を費やしてようやく名門中学に入っても、こちらは「ここからがスタート」ですから。
中学受験までは頑張れたけれど、遊びたい盛りの反動が出てしまって成績が一気に低迷するケースもあります。こうなると「深海魚」と呼ばれる進学校の最下位クラスの仲間入りとなるわけですが、こちらは全国偏差値どころか校内評定までボロボロのケースが多く、頼みの綱の指定校推薦すら全く回ってこない。「じゃあ、なんのために必死になって中学受験したの?」ってなりますよね。
__では、中学受験はどんな人にお勧めできるのでしょうか?
伊藤:中学受験をすべき人の特徴は3種類あります。
ひとつめは、家庭で明確な軸を打ち出していること。中学受験最大のメリットは「子どもにフィットした環境を選べること」です。近くに住んでいるだけの同年代が集められる公立とは異なり、私立には校風や偏差値帯によってある程度フィルタリングされる。「こういう校風の学校に行きたい」が決まっているなら、中学受験はいい選択肢でしょう。
もうひとつは、子どもが早熟で勉強好きであること。どうしても勉強漬けにならざるを得ませんから、勉強が嫌いだとどうしたって不利な戦いになる。逆に勉強が好きな子にとっては、受験塾は天国かもしれません。発達度合いも個人差がありますが、早熟な子のほうが勝ちやすいでしょうね。
最後が、「地元の公立中学を回避する理由」が明確にあること。治安が悪いとか、同級生にいじめられていたとか、そういう「地元ではダメな理由」があるならば、外を目指すのは生存戦略として有効です。
逆に、これらのどれにも当てはまらず、ただ惰性で受験をしていると、あまり得られるものは多くないかもしれません。
まとめ
マネーゲームと化した現代の中学受験。莫大なコストと時間をかけながら、それでも倒れそうなほど前のめりになってまで進み続ける受験生とその親たちは、いったいどこを目指しているのか。
なんとなくで参入した結果、偏差値45~55のボリュームゾーン(通称「ボリュゾ」)に停滞し、苦しみ続ける家庭も少なくない。上にも行けず、落ちきれず、どこかにあるはずの「出口」を求めて、真っ暗闇を手探りで進み続けるボリュゾ受験家庭。存在しないやる気を振り絞って、血涙を流しつつ無い袖を振りに振って出てきたなけなしの時間とお金をお布施し続ける。
しかし、本来ならば、出口を見つけてから参入すべきだったはず。潜り込んでから探すようでは、一生納得できる突破口は見つからない。彼らに必要だったのは、才能でも潤沢な資金でも経験豊富な講師陣でもなく、「受験に臨む明確な理由」と「出口戦略」だったのだろう。暗闇を彷徨い続けるボリュゾ親子に、救いの蜘蛛の糸がたらされる日は来るのだろうか。





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