「いま、推薦入試が熱い!」
2023年頃から過半数を占めるようになった推薦・総合型選抜は、ますます選ばれるようになっていきましたが、その勢いは未だに衰えるところを知りません。かつて多数派だった一般入試も、もはや縮小の一途を辿っていくようです。
おそらく、この記事を読んでいる方の多くも、推薦入試を考えているのではないでしょうか。ただ、「志望理由書ってどうやって書くの?」など、わからないことだらけで困ってしまいますよね。
そこで、この連載では「受かった先輩が、どんな志望理由を作り上げたか」「高校時代に、どんな活動をしていたのか」について、合格者に直接訪ねていきます!
今回お話を伺うのは、法政大学国際文化学部に通う岡本茉帆さん(仮名)。「明日は学校が燃えますように」と願うほど学校も自分自身も嫌いだった彼女でしたが、ある日を境に憑りつかれたようにして受験対策に打ち込み始めます。彼女を動かした熱の根源に迫ります。
「お前はうちの大学に来るな」
__岡本さんは、大学の付属高校のご出身でしたよね。なのに、どうして外部の法政大学を受験されたのでしょうか?
担任から「お前はうちの大学に来るな」って言われたんです(笑)。高2の夏のことでした。

__うちに来るなって、だいぶキツイ一言ですが、それはどうして?
私が、学校になじめていないのをわかっていたんだと思います。あまり賢い学校でもなかったので、クラスメートは授業中に騒いだり、風紀の取り締まりで叱られたり、色々問題がある人もいました。
私はといえば、そういった人たちを「どうせ叱られるのに何やってるのかな。ばかみたい」って冷笑していたんですが、でも、彼らはなんだかんだ人生が楽しそうなんですよね。
一方の私は、その子たちよりは「いい子」でいられるわけですが、それでもやりたいことがなく、やることもなく、ただ生きてるだけの人生でした。
家でも学校でも何も楽しめない正しい日々を送っているのに、楽しく間違いながら生きる彼らを見下す自分自身も嫌で、どんどん気分が落ち込んでいく。
いつしか、寝る前には「明日は学校が燃えていますように」って、祈ってから寝るようになりました。

__そこまで嫌いな学校から抜け出るために、法政大学を?
それもあるでしょうが、担任の勧めのおかげで「やりたいこと」が見えたんです。
私は、小さいころからクラシックバレエに熱中していましたが、コロナでやめてしまって、それ以来心残りでした。
バレエを研究したり、広めたりしたいなって、なんとなく考えていたところ、先生が勧めてくれた「国際文化学部」は、まさに私のやりたいことにぴったりだったんです。
世界の文化や歴史について学べるし、バレエやそれ以外の芸術も文化・歴史両側面から研究していける。ドストライクでした。
確かに、この瞬間から、私の高校生活は再スタートしたと思います。
半年で評定平均を0.7あげた秘策
__推薦・総合型選抜の利用で一番苦労したのはなんでしたか?
学校の評定です。
法政国際文化学部の要求値は、「全体平均3.6以上かつ英語が平均4.0以上」。
一方の私は全体平均が3.2で、英語に至ってはもう言えないくらい。
そこから毎回5を取り続けて、ぎりぎり足りるかどうかといったところでした。
親からは「無理でしょ」って笑われてましたし、私自身もかなり絶望的なのはわかっていました。
だから、もうなりふり構わず受験するために、秘策を発動したんです。
__"秘策"ですか?
評定って、3とか4とか数字刻みですよね。同じ「3」でも「3.1」かもしれないし「3.9」かもしれないじゃないですか。もうちょっとで4になるなら頑張りたいけど、2に近いなら、力を入れすぎても結果が出なそう。
だから、先生を回って「私って、どれくらいで評定が1つ上がりますか?」って聞いて回りました。

おかげで、高3春には評定平均が3.9近くまで上がったんです。
__では、意外とすんなり受験できたんですね!
それが、そううまくはいきませんでした。高3の春になって英検準2級に落ちてしまったんです。
大学受験しない友達でも受かるのに、法政志望が落ちるって、シャレにならないですよね。相当焦りました。
英語がダメならフランス語
__どのようにして、カバーされたのでしょうか?
法政の国際文化では出願にあたって留学先の明示が必須で、私はフランスを提示していました。なので、英語ではなくフランス語の資格を取ることにしたんです。フランス語検定と英検を合わせれば、見劣りしない実績が取れる見込みでした。
__合わせ技ですね! では、フランス語の資格も合わせて合格できたんでしょうか?
それが、フランス語が難しすぎて、すぐ撤退しました(笑)。もう、「This is a pen」すらわからないんですから、無理ですよ。
__じゃあ、苦手な英語とかかわらないといけませんが……。
不思議なもので、英語よりも厄介なフランス語に触れたおかげなのか、いきなり英語がわかるようになったんです!
確かに、難しい問題にくじけそうになることもありましたが、そのたびに「アレよりはまだマシだ!」って自分を奮い立たせて、とにかく英語を頑張りました。
その成果もあって、最後の受験チャンスとなる高3の6月に、ようやく英検2級をとれたんです。

「大学オタク」だったから出てきた一言
__おめでとうございます! 面接本番はどうでしたか?
もう、絶対に受かったなってそればかり思っていました。手ごたえしかありません。
このころには、法政大学オタクになっていて、国際文化学部の先生の研究内容とか授業内容を調べたり、公開されているシラバスから妄想の授業時間割を組んでみたり、とにかく生活の全部が法政で埋まってました。
面接の日も、試験会場に入った瞬間「あ、○○先生だ!」って大興奮。
面接中は「フランスに興味があります! フランス映画を観たいです!」とお話していたら、偶然その先生も映画がご専門で、話が盛り上がって。
最後には、「○○先生が授業で取り上げてらっしゃる映画、プレミア価格で買えなかったんですが、私も見たいんです!」って捲し立ててしまって(笑)。
先生もニコニコしながら「いい映画だからぜひ見てくださいね」と仰いました。
__それは間違いなく受かるでしょうね。今の生活はどうでしょうか?
本当に、法政大学に行って人生が変わりました。
大学の勉強も楽しいですし、念願だったフランス留学も果たしました。高3ではフランス語から逃げた私ですが、半年前まではフランス語を使って生活していたんです。
あんなにやりたいことが見つからず、引きこもって、泣いてばかりだった私が、今ではたった一人で上京して、憧れの大学に通い、インターンとして働いたり、メディアを立ち上げたり、自分もYouTubeに出てみたり……こんなにやる気に満ち溢れて、楽しく過ごせているのが、自分ですら信じられません。
「学校が燃えますように」と願っていた私には、想像できないでしょう。あの頃はなんで生きているのかばかりを考えていましたが、今では「どうやって生きていこうか」と悩んでいますから。

__最後に、今の受験生に向けてメッセージをお願いします。
無理だと思っても、諦めないで前に進み続けてみてほしいです。私が変われたのは、法政に受かったからではなくて、法政のために動き続けられたからだと感じるから。
私だって、何度も諦めようとしました。でも、いい意味で私は諦めが悪かった。
自分が行きたい方向に、自分なりの努力を積み重ねたことが、私を変えてくれたんだと思います。
頑張れば叶うわけではないけれど、無理かもしれないからって諦めなくてもいい。成功するかわからない旅路を歩み続けたその経験こそが、私を変えてくれた最大の秘訣だったからです。






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