「海外に住んでいたんだから、英語はペラペラでしょ?」
「将来はグローバルに活躍できそうだね」
そんなふうに期待されることが、帰国子女にとっては当たり前のようにあります。でも、その裏側には、あまり知られていない「落とし穴」があるのです。
それが、「ダブルリミテッド」と呼ばれる状態。
海外経験によって複数の言語に触れてきたはずなのに、どちらの言語も中途半端なまま。そんな状態に陥る子どもたちは少なくありません。
学習の面だけでなく、精神面やアイデンティティにも深い葛藤を抱えることになるのです。 今回は、まさにその「ダブルリミテッド」に悩んできた森みれいさん(仮名)と佐藤アンナさん(仮名)にお話を聞きました。
森さんのケース
森さんが 初めて海外に渡ったのは、幼稚園の夏休み頃のことでした。父親の仕事の都合により、家族そろってアメリカ・ミシガン州へ引っ越すことになったそうです。
「気づいたら飛行機に乗っていて、次に目を覚ましたら、誰も日本語を話さない国にいました」

幼いながらも自らの置かれた環境の変化に戸惑う彼女でしたが、現地に順応するまでに時間はかからなかったそうです。現地の小学校に通い始めてからは、生活は一気に英語漬けに変わっていきました。両親も「英語力を伸ばしてほしい」と、家庭内でも日本語を極力使わないようにしていたそうです。その結果、森さんの英語力は着実に伸びていきましたが、日本語能力に陰りがさしていることには誰も気づけませんでした。
「帰国したときには、脳内がすべて英語になっていて、日本語が全く出てこなかったんです」
森さんはそう振り返ります。たとえば、母親に話しかけるときも、「Mom, 今日のdinner何eatする?(今日の夜ご飯は何食べるの?)」と、英語と日本語を混ぜた言い方しかできませんでした。「夜ご飯」や「食べる」といった、ごく基本的な単語すら出てこなかったのです。
それに対して、「なんで日本語ができないの?」と焦る親の姿を見て、自分自身も戸惑いを感じたそう。アメリカ生活で手に入れた英語力ですが、使われなかった日本語能力はどんどん錆びついていった。そして今度は、日本語を取り戻すための日本語漬けの生活が始まったそうです。
小学2年生として日本の学校に編入した彼女を待っていたのは、「日本人なのに日本語ができない」という現実でした。 「ひらがなも漢字も書けなくて、自分の名前すら怪しい。漢字テストでは、“隣の子の答案を見ていい”って先生に言われて……。それが半年間、黙認されてたんです」
給食でも、人気の子持ちししゃもですが、森さんにとっては恐怖の対象でした。実は、英語圏で「ししゃも」は好き嫌いが分かれる献立で、彼女からすれば「絶対無理」。ですが、当たり前のように配膳される日々に、どうしてもストレスはたまっていきました。
彼女の恐怖はメニューだけにとどまりません。アメリカなどでは、カフェテリアのスタッフが配膳の際に手指を消毒し、マスクをしっかりと着用するのは当たり前の光景です。しかし、日本の多くの小学校では、教室内で児童が当番として給食を配るスタイルが一般的。手の消毒はおろか、マスクを鼻までつけない子もちらほらいるなかで、欧米の衛生観念に慣れ切った彼女の目には給食に「菌が入らないか心配だった」と。
「“germs(菌)入ってる。NO!(私は食べない)”って言っちゃって……」
実際、「菌が入っているかもしれない」と不安でいっぱいの彼女は、どうにか先生にその気持ちを訴えますが、うまく言葉で言い表せず、英語交じりの拙い日本語と身振り手振りに頼ることに。必死の訴えもむなしく、先生には主張が伝わらず、母親には「みれいさんが暴れてます」と何度も連絡が入ったそうです。
森さんは、小学6年生のときに再び海外へ。今度は両親の転勤により、ドイツ・ミュンヘンでの生活が始まりました。アメリカ滞在時のように、日本語力が失われてしまうのではないかという不安から、今回は日本語学校にも通うことになりました。しかし、日常生活の中ではドイツ語や英語を使う場面が多かったといいます。
1年後、日本に戻った森さんは、私立の中高一貫校に帰国子女枠で入学しました。ドイツから戻ったばかりということもあり、英語の授業は内容が理解しやすく、積極的に手を挙げて答える場面も多くありました。日常会話でも、無意識のうちに英語の単語が混ざることがあったそうです。ところが、その「無意識の英語」が彼女の首を絞めた。
「“なにイキってるの?”って言われて。発音が良すぎるのもウザいって…。嫌われたくなく て、わざと発音を崩すようになってました」
日本語能力に難があった一方、英語運用能力でアドバンテージを取っていたわけでもなかったそう。「小学校2年生の頃で英語の単語力は止まっているのに、周囲からは“英語ができるはず”と期待されるのがつらかった」と語る通り、彼女は英語を得意としているわけではなく、大学進学以降でも、受けた英語のテストのスコアが低いことから、希望していた国への留学を断念せざるを得なかったといいます。

その経験から、森さんは中高時代を通して常に「人にどう見られるか」を意識するように。発音も語彙も、空気を読みながら「合わせる」ことが日常になっていったそう。「日本では、日本語漬けじゃないとだめなんだ」と、かつて抱いた疎外感を、再び思い出しました。
現在も、言語に対する苦悩は続いています。英語と日本語を混ぜて話せば「イキってる」と言われ、周囲に本音を話すことも難しい。一方で、日本語だけで話そうとしても、どうしても言葉が出てこない瞬間がある。
「発音を良くしようとか、目立とうとしているわけじゃない。ただ、どちらの言語でも心から自然に話せる場所がないんです」と語る彼女の本音には、どの集団にも所属しきれない本能的な孤独がにじんでいました。
佐藤さんのケース
佐藤アンナさんは、大学生になった今もなお、「ダブルリミテッド」の見えない壁に悩まされていると語ります。
彼女が生まれ育ったのは、アメリカ・カリフォルニア州。家庭では両親と日本語で話すこともありましたが、日常のほとんどは英語。姉との会話も英語だったため、「見た目は日本人でも、心はアメリカ人だった」と振り返ります。
そんな彼女が13歳のとき、両親が離婚し、母親と姉の3人で日本に移住が決まります。英語しか話せないまま、日本の私立中学に編入されました。
最初の数ヶ月は、読めるのはひらがなだけで、漢字やカタカナはまるで暗号のよう。会話もままならず、笑ってごまかすしかない日々が続いた。それでも佐藤さんは負けず嫌いで、毎晩遅くまで教科書にふりがなを書き写し、努力を重ねた。英語の宿題は一切なく、自然と英語に触れる機会は減り、日本語の習得に全振りするような生活になっていき、「クラスメイトと話せるようになりたい」という一心で努力を続け、最終的には高校卒業時に学年トップになるまでに成長しました。
それでも、佐藤さんはずっと「日本語を使いこなせている」と実感することは少ないといいます。
たとえば、電車で「代々木」と書かれた駅名を「ダイダイギ」と読んでしまったことがあるそうです。インターン先の資料や大学の教材に出てくる漢字も、すらすらと読めるわけではなく、実際にいくつかの単語を読み上げてもらった際には、「雨戸」を「あめど」、「相応しい」を「そうおうしい」と読んでしまう場面もありました。
一方で、「spinach(ほうれん草)」や「protein(タンパク質)」といった言葉は、英語であればすぐに意味がわかるといいます。ある時、スーパーでタンパク質のグラム数を探しても見つからないと思っていたところ、実は日本語で「タンパク質」と書かれていたことに後から気づいた、という経験もありました。
そして、社会人になる直前の今も、佐藤さんは「ダブルリミテッド」という現実に苦しんでいます。
第一志望の企業から内定を受け取ったときには、まるで夢のように感じたそうです。しかし、面接官からのフィードバックには「あなた、日本語が壊滅的ですね」と伝えられ、その一言とともに、希望していた部署から外されたのです。理由が“言葉”にあることが、はっきりと突きつけられた瞬間でした。
「部署を外されたこと以上に、その一言は深く刺さった」と佐藤さんは振り返っていた。中学生の頃から日本語だけで生活し、必死に言葉と向き合ってきた8年間の努力が、たった一言で否定されたように感じたから。「自分は、何語ならちゃんと話せるのだろう」とそんな問いが、今も彼女の中に残り続けています。
「壊滅的」と評価されたことをきっかけに、「自分は何人なのか」「どの言語なら自分を表現できるのか」がわからなくなり、言葉に対する自信を失った時期もあったといいます。人と話すこと自体が怖くなり、大人や紹介で出会う相手と会話をする際には、今でも強い不安や緊張を感じることがあるそうです。
「話し方で“アホそう”と思われるのではないか」そんな不安も、常にどこかにあると語ってくれました。
中学入学以来、日本語と向き合い続け、指定校推薦で大学に進学し、第一志望の企業に内定するまでの道のりを歩んできた佐藤さん。それでもなお、「まだ足りない」と言われてしまう。それが、彼女にとっての「ダブルリミテッド」という現実なのです。

最後に
「英語もできて、日本語もできて、いいね」
そんな言葉を、森さんと佐藤さんは何度もかけられてきました。
でも、2つの言語の間で揺れ続けてきた彼女たちにとって、それは決して簡単なことではありませんでした。
「ダブルリミテッド」という状態は、十分な理解がなければ、進路や自己肯定感さえも深く揺るがします。帰国子女=バイリンガル=将来有望――そんな期待の裏には、努力だけでは埋められない現実があります。
安直な「マルチリンガル」への憧れから、子どもの人生を徹底的に破壊してしまう。そんな悲劇が繰り返されないよう、親も安易に教材や教育サービスに飛びつくのではなく、子どもの特性や生育環境に見合ったものを適切に選択していく審美眼が求められるのかもしれません。




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