「14歳でTOEIC満点」の青年が選んだ道

2016年頃、愛知県のある中学校で、14歳の中学生がTOEICで満点を獲得した。大学生や社会人でも満点を取るのが困難とされる試験での快挙に、地元新聞も注目した。

この「語学の天才」の名前は、竹田聖惟さん。現在20代半ばで、大学卒業後は大手金融会社で債権運用の専門職に就いている。

幼い頃から並外れた語学の才能を発揮してきた彼は、なぜ「語学一本」の道を選ばなかったのか。早熟な才能を持つ子供が社会でどのように活躍しているのか、その軌跡を追った。

当時の新聞記事(竹田さん提供)

音楽に囲まれた家庭で育った「好奇心の塊」

「一言で言うと、好奇心が強くて、目立ちたがり屋という感じだった」と、竹田さんは自身の子供時代を振り返る。

竹田さんが育ったのは、音楽に溢れた家庭だった。父親は元バンドマン、母親は教育熱心で、3歳からピアノを習わせた。15年間続け、最終的にはショパンの難曲も弾けるようになった。

「とても裕福というタイプの家庭ではなかったんですが、多くのものに触れさせたいという思いは、子供ながらに非常に強く感じていました」

語学の素地が築かれたのは、母親の判断でインターナショナルスクールの幼稚園に通ったことだった。幼少期から英語と音楽に触れ続けたことが、竹田さんの原体験となっていた。

「こんなの知ってる」と言って怒られた問題児時代

竹田さんの言語能力の高さは、幼児期から際立っていた。3歳で漢字が読め、4歳で敬語を使い、小学校入学前に九九を覚えていた。

しかし、その能力の高さが時として問題となった。

例えば図工の時間には「太陽は無色で白だろう」とオレンジ色で描くことに文句を言い、先生を困らせたという。

この「問題児」ぶりの背景には、並外れた知的能力があった。

「小学生の時にIQテストを受けたんですが、言語理解は145でした。全体の0.1%ぐらいの上位に位置する数値です」

中1で英検1級、14歳でTOEIC満点達成まで

そんな英語の才能が本格的に開花したのは小学生時代だった。年長で英検3級、小2で英検2級を取得。小6で英検1級に挑戦するも不合格となり、「初めての挫折経験」となった。

「小6の3月で英検1級を一回落ちて、その次の6月、中1で英検1級を取って、新聞に載りました。そのままの勢いでTOEICを取った感じです」

14歳でのTOEIC満点達成の背景には、圧倒的な読書量があった。

「ずっと本の虫で、年間100冊は確実に超えていました。日本語、英語どちらも読んでいました」

ハリー・ポッターやナルニア国物語などの英語原書、日本語では青い鳥文庫や上橋菜穂子の作品などを愛読していた。

また竹田さんが通っていた中学校は、帰国子女が多い小規模校で、学年の3分の1ほどが準ネイティブレベルだったのだという。このため、小学校卒業まで自分が特別英語に優れているという自覚はあまりなかったという。

生徒会長の選挙戦での一コマ

初めての大きな挫折:第一志望校受験失敗

中学時代は英語でほぼ1位を維持し、生徒会長も務めた竹田さんだったが、高校受験で人生初の大きな挫折を経験する。

「地域トップクラスの進学校を第一志望にしていました。TOEIC満点、英検1級、生徒会長という肩書きもあったので推薦で行けると思っていたんですが、スポーツをやっていないということで落ちてしまいました」

追い打ちをかけたのは、一般試験での体調不良だった。8度前半の熱がある中での受験で、こちらも不合格となった。

「未だに第一志望校に行っていたら、もう少し高校生活は楽しかったのかなと思います。悔しかったですし、フツフツとしたものがずっと残っていました」

しかし、進学した高校でも能力は際立っていた。「英語はほぼほぼ1位でした。校内偏差値97を取ったこともあります」。大手予備校の難関私立大学外国語学部のプレテストでも、英語で全国1位を記録した。

語学力を活かし海外研修にも参加(後段一番左が竹田さん)

「英語だけの人になりたくない」という転機

高校卒業後、早稲田大学国際教養学部に進学。ここで重要な気づきを得ることになる。

「国際教養学部だと、やっぱりみんな英語ができるから、英語以外で何かインパクトを残さないと、誰かの目に留まることはできない。英語以外のことと、得意な英語を掛け合わせようというマインドに移行できたのは、非常に良かったと思います」

この転機には、高校時代に読んだ伊賀泰代さんの『採用基準』という人材論に関する書籍の影響もあった。首都圏と地方の情報格差、英語力だけでは首都圏や外資系企業では武器にならないという指摘に衝撃を受けた。

「英語だけの人になっちゃうと、一生英語をアピールし続ける人になる。それは、ちょっとダサくないかと思ったんです。20代までは良いけど、30代になってTOEICの点数とか言ってる大人って、ちょっとどうかなと」

VCインターンで見つけた新たな道

大学では積極的に新しい分野に挑戦した。国際学生寮での生活を経て、先輩の紹介でベンチャーキャピタル(VC)でのインターンを経験。

「資産運用の仕事が非常に面白いなと感じました。コンサルティング会社でのインターンも経験しましたが、最終的に運用の道を選びました」

インターン先での一コマ

語学の天才が辿り着いた「才能の生かし方」

竹田さんの歩みから見えてくるのは、早熟な才能を持つ子供が社会で成功するための重要な要素だ。

「ギフテッドの方は、興味のある分野に対してのめり込み方や集中力が、普通の人よりかなり高いと思います。

興味があるけれどずば抜けてできるわけではないこと挑戦し、自分のできることを増やしつつ、最終的に掛け合わせて能力を広げていく。そういった方法が、将来の道を開くのにつながるのではと思います」

実際、竹田さんは英語という武器を手放すことなく、それを金融という専門分野と掛け合わせることで、独自のキャリアを築いている。

「結局、英語をフルに生かした仕事をしているので、偉そうなことは言えないんですが、英語だけの人にならなくて良かったと思います」

ギフテッドが陥りがちな「一芸特化」の罠

教育心理学の分野では、早熟な子供が思春期以降に様々な課題に直面することが知られている。一つの分野で早い段階から注目を浴びることで、他の能力の発達が阻害されたり、その分野でのアイデンティティに過度に依存してしまうケースが少なくない。

竹田さんのケースは、そうした「一芸特化」の罠を巧みに回避した成功例と言える。重要なのは、早熟な才能を否定するのではなく、それを土台にしながら他の分野にも挑戦し続けたことだ。

現在の竹田さんの仕事は、まさに「英語×金融」の掛け合わせだ。米国債の運用には、アメリカの政治・経済情勢を英語で直接情報収集し、分析する能力が不可欠である。14歳でTOEIC満点を取った語学力は、決して無駄になっていない。

しかし、それだけに頼るのではなく、金融という専門性と組み合わせることで、より希少性の高いスキルセットを構築している。

これは、AI時代を迎える現代において、ますます重要な考え方と言えるだろう。単一のスキルでは代替されやすくても、複数のスキルの掛け合わせは独自性を生み出す。

才能を大切にしながらも、それに縛られることなく、継続的に新しい挑戦をしていくことの価値を物語っているのだ。