「インドの受験戦争は、今や世界で一番加熱化している」――そう語るのは、元ベネッセインド取締役の松本陽氏です。インドトップ大学のIIT(インド工科大)の卒業生たちは平均初任給が約2000万円を記録し、インドの一般的な大学卒の初任給(約50万円)とは比較にならない水準となっています。一方でインドの高校生の間では、受験の失敗や成績の不振によって自殺してしまうケースが非常に多く、2021年には13000人以上の学生が自殺したと報告されています。一体インドでは今、何が起こっているのでしょうか。
ーーーーーーーーーー
私が初めてインドに行った時のことです。ふと街中で、若者が大きな顔で映されているポスターを見かけました。遠くから見ると選挙ポスターと見分けが付きませんが、しかしよく見るとどう見ても政治家の顔ではなく、若者の顔のポスターでした。
実はこれは、とある大学の合格者のポスターだったのです。その大学とはインドのトップ大学であるインド工科大学(रतीय प्रौद्योगिकी संस्थान、 Indian Institutes of Technology、IIT)。いわば日本で言う東大のような大学です。その大学の合格者たちのポスターが並べられていたのです。
私は気になって、現地の人にこのポスターはなんなのか、どうしてこんなものが飾られているのかについて尋ねました。すると、「これは、この町の誇りなんだ。こんな素晴らしい若者たちが、この村からあのインド工科大学に合格した、という誇りなんだよ」と。
これは、インドのたくさんの地域で起きている現象です。インド工科大学に合格している人や、インドにおける大学入試試験でトップクラスの成績をおさめたような人を「誇り」として、日本で言うところの大谷翔平さんや藤井聡太さんのように扱うのです。今、インドでは大学受験に対する比重は非常に重いものになっています。
私がインドの学習塾に足を運んだ際にも、大学受験に対する比重の重さを感じさせられました。空気感が違うし、気迫が違う。ただ勉強しているだけではなく、10代の子が本気で、「人生を賭けて」勉強しているのです。ひたすら勉強で、それ以外のことは目もくれない、そんな文字通り、鬼気迫る様子で勉強している姿を、目の当たりにしたのです。
貼ってあるポスターも印象的でした。「人気職業ランキング」が壁に掲示されていたのですが、その序列は①エンジニア②医者③大学の先生④オリンピックメダリスト⑤トッパーといった具合です。メダリストよりも、エンジニアや医者・大学の先生が上なのです。中でもエンジニアと医者の人気は圧倒的です。理系が強いインドにおいて、弁護士や経営コンサルタントなど、いわゆる文系の職業は一切入っていません。
ちなみに⑤のトッパー(Topper)とは、インドにおいて日本の「大学入学共通テスト」のような位置付けの試験であるBoard Exam 10およびBoard Exam 12において満点をとった生徒のことです。日本では考えられませんが、その共通テストで満点もしくは限りなく満点に近い点数をとると、新聞にその生徒の名前と点数、所属する学校や塾の名前が掲載され、賞賛されます。言ってしまえば、トッパーはオリンピックのメダリストと同格、またはそれ以上の扱いを受けており、受験をする若者たちやその保護者にとっては強烈な憧れになっているのです。
勉強で人生を変える人が多いインド
なぜ、インドではそれほどまでに大学受験の比重が高いのでしょうか。私の考えを述べると、「勉強によって生活が豊かになる」ことが、多くのインド人の方にとって共通認識になっているからではないかと思います。
先述のインド工科大についてお話しすると、ここを合格してコンピューターサイエンス(情報工学)の学位を取得して卒業する学生には、グーグルやアップルをはじめとした世界中のトップ企業から高額のオファーが届きます。大学卒業後のいわゆる新卒(日本以外の国に新卒という言葉はありませんが)での平均年収は日本円換算で2000万〜3000万円とも言われており、インド工科大が公表している、2023年度の学部卒で最も高額なオファーを獲得した人の初任給は約8000万円だったとのことです。インドの一般的な大学卒の初任給(約50万円)ですから、日本よりも何倍もインパクトのある数字であることがわかっていただけると思います。このレベルになってくると、本人のみならず、保護者・もっと言えば3世代以上の家族を一生養うことができる十分な額を、学部卒で手に入れられるということになります。
これだけ並外れた経済的・金銭的インセンティブが、勉強が好きであろうがなかろうが、子供達を勉強へと邁進させる強烈なモーターになっているということは、現代インドを象徴的する光景の一つと言わざるを得ないでしょう。
これらの環境は、塾だけではなく、街全体で用意されています。インドは企業や自治体が教育資金を全面的に支援することが大きな特徴です。これは、寄付や施しの文化が根付いていることに起因しています。町をあげて受験を応援するカルチャーがあり、企業も売り上げの一定額をCSR(企業の社会的責任)として寄付しなければならないため、奨学金がかなり充実しています。そしてその分合格したら町をあげて喜び、ポスターを飾ることが文化になっているわけです。
受験に対するモチベーションの高さの背景としてもう一つ考えられるのは、格差社会です。インドは、日本と比べ物にならないほどの格差社会です。デリー・グルガオン・バンガロールの街並みは、もはやある種、先進国よりも先進国らしいですが、そこから1〜2時間ほど車を走らせた先の街では、まだまだ牛に荷物を運ばせていて電気も通っていないような場所も存在しています。一方では先進国の人よりも先進国の暮らしを楽しみ、一流の大学でエンジニアとして活動すれば年収1億円も全く現実味のない数字ではない、その他方で、年収的な意味で言えば、その対極にある生活をされている方も、またザラです。さらに、カースト制度もいまだに根深く存在しており、生まれの状況を克服するためには勉強しかない、と考えて勉強する人もいます。
日本でもよく「親ガチャ」という言葉で親の世帯年収や教養によって子供の人生が大きく変わってしまうことを揶揄していますが、日本よりも何倍もインドは「生まれ」によって左右されてしまう世界が広がっており、だからこそ受験に人生をかけている人が多いのです。
加熱化し過ぎたインドの教育
その一方で、受験が過熱になりすぎるあまり、カンニングや若者の自殺が社会問題になっています。あまりにもカンニングが大きな問題になったため、その対策は日本よりもある種かなり厳重になっている場合があります。例えば、試験会場でデスクが3列並んでいたとして、3列すべて問題が違う、ということがあります。
大問1、2、3の順番が変えたり、同じ計算式だけど若干数字を変えていたり、カンニング対策のために手を替え品を替え問題を変えてしまうんです。全く違う問題にすると難易度が違ってしまうので、ちょっとした違いに留まっているようですが、しかしそれすらも掻い潜ってカンニングをする人もいるので、ほぼ「いたちごっこ」な状況になっています。
そして、インドの高校生の間では受験の失敗や成績の不振によって自殺してしまうケースが非常に多くなっており、2021年には13000人以上の高校生が自殺したと報告されています。ちなみに日本では厚生労働省のデータによると、日本で自殺する学生の数は年間300~500人程度。インドは日本の10倍人口がいるので単純な比較は難しいですが、しかしその数は世界的に見てもかなり多いと言えるでしょう。
いかがでしょうか。これだけの苛烈な受験競争が展開されていることも背景になって、今インドは世界でも類を見ないほど急激な経済発展を遂げています。インドの教育には光と闇が明確に存在しており、それが今度、どのような結果に繋がっていくのか、注目していく必要があると言えるでしょう。




.jpg&w=3840&q=75)
.jpg&w=3840&q=75)

.jpg&w=3840&q=75)







.png&w=828&q=75)
