「私の推しは酵素です。」
そんな一文から始まるエッセイを提出した高校生がいました。
平塚杏紗(ひらつか・ありさ)さん。東京大学One Earth Guardians育成機構と一般財団法人トヨタ・モビリティ基金が共同で運営する、高校生・高専生・大学生向けのアイデア実現支援プログラム「Good Life on Earth(GLE)」の一期生として採択され、現在はアメリカの大学で生体分子化学工学を学びながら研究に没頭しています。
GLE は、夢中になれる“何か”を切り口に、この地球の「Good Life(生命・生活)」を叶え、地球の未来につながるアイデアを抱く若者を応援するプログラムです。
参加者は東京大学の研究室や専用ラボを拠点に、第一線の研究者や、アカンパニストと呼ばれるスタッフらから伴走支援を受けながら、自由な発想で研究テーマを形にしていきます。研究費や滞在費の支援もあり、地方からでも参加しやすい環境が整えられています。また、採択後に海外進学・留学した場合でも、できる限り活動を継続できるよう柔軟な運用がなされています。
本記事では、そのGLEでどのように若者たちの「探究」が育まれているのか、そしてその現場で何が起きているのかに迫ります。
“酵素”というタンパク質に恋をし、“研究”という世界に飛び込んだ平塚さんの物語を通して、GLEというプログラムの本質と可能性を探りました。

「私の推しは酵素です」から始まった
――まず、Good Life on Earth(GLE)を知ったきっかけを教えてください。
平塚:コロナ禍で課外活動がまったくできなくて、「何か新しいことをしたい」と思っていたんです。いろんな検索ワードで調べていたら、偶然GLEを見つけました。しかも当時はホームページができたばかりで情報も少なくて、まさに“未知への挑戦”でした。
――当時は一期生で、前例もほとんどなかったですよね。書類審査はどんな内容でしたか?
平塚:形式がすごく自由で、「エッセイでも動画でも、自分の“好き”を表現してください」と言われたんです。
だからこそ、どうアピールするかすごく考えました。真面目に書いても印象に残らない気がして、「型にはまらない表現で勝負しよう」と思ったんです。
それで、エッセイの一文目を「私の推しは酵素です」にしました(笑)。形式的に書くより、自分のパッションが伝わる方が強いと思ったんです。
――たしかに、“推し”という言葉には勢いがありますね。
平塚:そうなんです。面接のときにも「最初の一文、パンチ効いてたね」って言ってもらえました(笑)。結局、内容の正確さよりも「この子は自分の好きなことを本気で語れる」「この子と研究がしたい」という姿勢を評価してもらえた気がします。
――どうして“酵素”を“推し”に選んだんですか?
平塚:高校のときオーストラリア出身の先生が、生物の授業で酵素を“働く細胞”みたいにキャラ化して教えてくれたんです。それがすごく面白くて、そこから論文を読んだり、先生と議論したりして、どんどんハマっていきました。だから“推し”という表現は、冗談じゃなくて本気の言葉なんです。
面接は“試験”じゃなかった
――選考の面接ではどんな話をしたんですか?
平塚:Zoom面接だったんですけど、すごく和やかでした。教授の方が3〜4人いらして、最初から「このエッセイ面白いね」「なんで酵素が好きなの?」って褒めてくださって。そこから自然に“酵素談義”が始まったんです(笑)。
最初は“知識を問われる面接”を想定して、論文や化学的なアプローチまでしっかり準備していったんです。
でも実際はそうじゃなくて、内容の正確さよりも「この子はどんな人なんだろう」「なぜこのテーマに惹かれたのか」という、人となりを見てくれる時間でした。
――そんな展開、普通の面接じゃあり得ないですよね。
平塚:本当にそう思いました。想像していた“試験”とはまったく違いましたね。質問に答えるというより、一緒に考え、話し合うような時間で。
終わった瞬間、「受かっても落ちても、この時間を過ごせてよかった」と素直に思いました。
落ちたとしても、研究者の方々と対等にディスカッションできたこと自体が貴重な経験だったし、自分の考えを伝える楽しさを初めて実感しました。
それが、今の“研究が好き”という気持ちにつながっていると思います。

“環境問題×酵素”
――実際に研究が始まって、どんなことに挑戦しましたか?
平塚:最初に出した企画は、「プラスチックを分解する酵素を環境問題解決に応用したい」というものでした。
当時、大阪のリサイクル工場でプラスチックを分解する新しいバクテリアが見つかったというニュースを読んで、それに衝撃を受けたんです。プラスチックが大量にある環境の中で、バクテリアが進化してプラスチックから酵素を用いて代謝し、"食べるようになった”という話で、「もしこの酵素を活用できれば、焼却や熱処理を使わずに、より自然にリサイクルできるのでは?」と思ったんです。
当時の企画書には、「この酵素を使ってマイクロプラスチックを分解する」って書いてました。でも今思えば、知識も経験もなくて、すごく“理想論”でしたね(笑)。それでも、当時の自分なりに“環境問題×酵素”という軸を持って考えたことが、今の研究の出発点になっています。
――でも、その研究テーマは今ではだいぶ進化しているそうですね。
平塚:はい。当時は“ゴールありき”で、「プラスチック問題をどう解決するか」から逆算していたんです。でもメンターの先生たちと実際にディスカッションを重ねるうちに、考え方が変わりました。
「酵素のポテンシャルを最大限に引き出すにはどうしたらいいか」という、“下から積み上げる”ボトムアップの研究にシフトしたんです。今は、プラスチック分解酵素の安定性や反応速度を高めるための実験をしています。酵素って生き物じゃない“タンパク質の塊”だから、環境条件や温度によってすぐに働かなくなる。その性質を改良できれば、環境分野での工業的応用にも繋げられる可能性があるんです。
――現在はアメリカの大学でも研究を?
平塚:はい。アメリカの大学でもGLEとは異なるプロジェクトで酵素の研究をしています。ただ、GLEの活動も夏休みに帰国して東大のGLEラボで実験を続けています。
研究室では、教授や大学院生の方が直接見てくださったり、同世代の学生とも一緒に進めたりしています。当初は、実験のテクニックを身につけるのに必死でしたが、少しずつ自分の研究を自分で設計し考察できるようになってきました。一見うまくいかなかった実験でも、条件を変えると結果が少し動く。その瞬間の“ひらめき”が、もうやみつきで(笑)。
――進路にも大きな影響があったんですよね。
平塚:ありましたね。もともと大学進学では、「学ぶこと」が好きな人間として、幅広く学べるリベラルアーツ大学に行きたいと思っていたんでけど、専門性を高めて研究に没頭できる環境を重視するようになりました。
GLEで実際に研究してみて、「研究者ってかっこいいな」「もっと突き詰めたい」と思うようになりました。今は博士課程まで行って、自分の手で“まだ誰も知らない事実”を見つけたいというのが目標です。
“SHIMOKITA COLLEGE ”で見た新たな世界
――GLEの参加者は、希望すれば下北沢の「SHIMOKITA COLLEGE」にも住めるとか。
平塚:そうなんです。私はギャップタームの半年間、下北沢に住みました。SHIMOKITA COLLEGEは、「住む」と「学ぶ」が一体となった居住型教育施設です。高校生から社会人まで多様な人が集い、下北沢の街を舞台に学び合う新しい形のコミュニティとして、2020年に誕生した環境なんです。
そこで、学生や社会人、GLEアカンパニストの方々と一緒に暮らしていて、研究する人たちの“日常”を間近で見られたのが本当に大きかったです。GLEの人たちやアカンパニストの“正体”が見えるというか、どんな日々を送っているのか、リアルな姿を知ることができました。博士課程の学生の方々も、決してキラキラした特別な生活をしているわけではなくて、毎日コツコツと自分のテーマに向き合っている。その地道に頑張る姿にすごく影響を受けました。
そうした姿を見て、「私もあんなふうに、自分の探究を大切にしながら生きる大人になりたい」と思ったんです。身近に、心から“憧れたい”と思える存在ができたことが、私にとって大きな転機でした。
――そうした環境に触れたことで、自分の進路にも変化があった?
平塚:ありましたね。そうやって生きる大人たちの姿を見て、「自分もこの道に進みたい」と自然に思えたんです。それまで“研究者になる”なんて現実味がなかったけど、GLEでの経験が、研究を“自分ごと”として感じさせてくれました。今は博士課程まで進んで、自分のテーマを追究することを目標にしています。
――東京近郊の学生の方が多いんですか?
平塚:全然そんなことはないです!
GLEは、地元がどこでも、環境が違っても、やりたい気持ちがあれば誰でも挑戦できる仕組みなんです。たとえば東京で開催されるイベントには交通費のサポートがあったり、時間帯も無理のないスケジュールにしてくれたりします。みんな地理的なハンデを感じずに活動できていて、それがGLEのすごいところだと思います。

「自分しか知らない真実を見つけたい」
――最後に、これからの夢を教えてください。
平塚:博士号を取って、酵素の研究を続けたいです。
環境に役立つ発見ができたら最高だけど、まずは“酵素そのもの”のポテンシャルを追いかけたい。誰も知らない事実を自分の手で見つける──その瞬間が一番楽しいんです。
平塚さんの歩みは、まさに「好き」を原動力に世界へ挑む若者の象徴です。
Good Life on Earth(GLE)は、単なる研究支援の枠を超え、「知的好奇心を起点に未来を創る実験場」として、多くの高校生に新しい学び方を提示しています。
誰かに与えられた課題ではなく、自分自身が見つけた“問い”を掘り下げる——。そのプロセスの中で育まれるのは、知識よりも「考え抜く力」や「つながりながら挑戦する姿勢」です。
酵素という小さな存在を通して、平塚さんは“世界の仕組み”に迫ろうとしています。
彼女のような若き探究者が次々に現れることで、このプログラムは教育の常識を更新し続けるでしょう。
そして、GLEで芽生えた「好きの力」が、やがて社会を変えるエネルギーになることを、私たちは確信しています。




.jpg&w=3840&q=75)
.jpg&w=3840&q=75)

.jpg&w=3840&q=75)






.png&w=828&q=75)

