日本最高学府である東京大学。さて、東大における男女の割合をご存知でしょうか?

 2024年度のデータによると、学部の生徒における女性の割合は21%。教員においてはわずか16%にとどまっており、圧倒的に男性の数の方が多いと言えます。

 こういった男女の比率の偏りは東京大学の学部のみに言えることでは決してなく、日本のアカデミアに全体的に共通している問題です。この偏りを引き起こす最も大きな要因はなんなのでしょうか?

そもそも生理学的な脳の構造でしょうか?

それとも社会通念による効果なのでしょうか?

 今回の記事では、学問分野におけるジェンダー問題の現状を述べるとともに、その原因についてもご紹介していこうと思います。

 なお、ジェンダー問題には多様な見方が存在し、現在でも多様な角度から議論が行われています。本記事はその見解を絶対的な正解と断ずるものではなく、あくまでひとつの見方としてご覧いただけますと幸いです。

◯無意識のバイアス

 まず最初に考えられるのは、無意識のバイアスです。

「男性がお金を稼ぎ、女性が家庭を守る」。昔からあるジェンダーの役割についての考えです。皆さんはこのような男女の役割についてどう思うでしょうか?多くの現代人はこの考えを、古臭い亭主関白的な考えだと糾弾するかもしれません。

 しかし、無意識下の中では多少なりともこういった偏見が行動に影響を与えているかもしれません。

 以下に示す図1は男女の性別役割意識についての内閣府の調査結果です。

図1. 内閣府男女共同参画局『令和4年度 性別による無意識の思い込み (アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究』p8.

 この調査結果を見てみると、男性が働き、女性は家庭を守るというようなステレオタイプが依然として保持されているのではないかと推測できます。

 ここでは家庭や職場についての調査に止まったものの、大学受験に関しても、無意識下では男性の方が頑張るべきで、女性は家庭に入ることができれば生活できるといった考えに影響されている可能性も十分にあり得ます。つまり、男子学生よりも女子学生の方が、いい大学に進学することを望まれやすいということです。

 こういった無意識に形成される社会通念は人々の行動に強く影響を与えるのです。

 例えば、理系の女性を指す「リケジョ」という言葉は、そもそも理系の女性比率が低いからこそ生じた言葉であると言えます。しかし、女性の医者を「女医」というように、本来性別に囚われない職業のはずなのに女性であることを取り立てて表現する言葉は数多く存在します。

 もっとも、近年では「リケジョ」という言葉は純粋に理系の学問に取り組む人物に対してわざわざその学問とは関係ない属性を強調するものであり、失礼で侮辱的な表現であるという見方も広がってきています。その分野に女性が少ないからといって、その女性性を取り立てて強調することは決して望ましいものではありません。

◯アカデミアのジェンダー問題の現状

 では実際のデータを見てみましょう。

 図2に示すのは文部科学省「学校基本統計」より抜粋した、男女別の18歳人口の大学進学率に関する統計です。

 図2.男女別・18歳人口と大学進学率等の推移. 文部科学省「学校基本統計」より抜粋

 図2をみると女性の大学進学者割合は約53%である一方、男性の大学進学者数割合は約60%と差があります。

 加えて、図の緑は短期大学の入学者数を示していますが、こちらは女性の割合が高く、男性の割合が低くなっています。そのため、四年生の大学の入学者数で統計をとった場合、差はより顕著なものとなることが予想できます。

 この男女差は大学入学や学部においてよりも、修士課程や博士課程を含めた場合により顕著になります。下の図3は女性の研究者の数について内閣府が調査したものから抜粋した結果です。

図3. 内閣府男女共同参画局「男女共同参 画白書(令和5年版)」p.149

 図3を見ると明らかな通り、研究者のうち女性が占める割合は近年はやや増加傾向にあるとはいったものの、依然として圧倒的に男性の数が多いことがわかります。

 加えて、女性の研究者はジェンダーや文学など人文科学系の学問分野の研究者が多く、工学や理学など理系とされる分野の研究者の数で言えば限りなく少ないことがわかっています。

 大学の教授の資格を持つ人の数についても同様のことが言えます。

 特に博士終了から助教、准教授、教授というようにキャリアのランクが上がっていくにつれ女性の割合は減少していきます。大学の教授ともなると80%ほどが男性であることがわかっています。

 この結果に関しては、大学に在籍したことがある方なら肌感覚として納得できるかと思います。

 実際、東大の理系学部では、理系の授業においてほとんど女性の教授がいないというのは有名な話です。

 東京工業大学が大学受験において女性枠を増加させたというのもこういった現状を改善するためと言えるでしょう。

◯アカデミアのジェンダー問題の要因

 さて、このようなジェンダー問題が顕著に数字として確認される現状が生み出されてしまった要因とはなんでしょうか?

 一つには、上記に述べた無意識のバイアスが挙げられると思います。

 教育心理学の言葉で「ピグマリオン効果」という言葉が存在しています。これは期待効果とも言われる効果ですが、教師が生徒に対して抱く期待が生徒の成長に影響を与えるということです。

 簡単に言えば、「この子供は賢いだろうな」と思いながら教えた生徒はその後も賢く成長していく可能性が高いということです(あくまで可能性にすぎないが)。

 そう考えた時に、仮に教師側に「この子は女の子だから数学はあまりできない」もしくはより最悪なケースとしては「女の子だから勉強はほどほどでいい」といったような考えがある場合、そのような結果になってしまう蓋然性が上昇してしまうのです。

 このように世間的な偏見が変化しない以上、女性がアカデミアで活躍するには男性が活躍するよりもハードルがあるのかもしれません。

 とはいえこのような偏見を変化させるためには、手段と目的が逆になっているようですが、男女の数の差の現状を変えることが必要になってきます。実際に男女で理系の数や大学進学者数に差が生じている以上、こういった偏見は消え得ないのです。

 要するに、男女比率に偏りがあるという現状が偏見を助長し、その偏見がさらに男女比率の問題を深刻化させるという、悪循環におちいってしまっているのです。 

 現在、「女子枠」についてもさまざまな議論が行われているところですが、これもまず現在の男女比率を改善することで将来のために偏見をなくしていこうというアプローチの一つであるといえます。

◯最後に

 これまでにご紹介したようなジェンダーギャップを埋めるために、政府はさまざまな施策を主導しています。しかし、それでも日本における大学の男女比率の差はいまだに改善の余地が多く残されています。

 イエール大学やハーバード大学など世界の一流大学の男女比率が約半数ずつであることと比べてみると、日本最高学府である東京大学は、一歩遅れていると言えるかもしれません。

 しかし、東大を目指す女子学生やそのまわりの方にお伝えしたいのは、「入試制度上の不利は存在しない」ということです。確かに全体で見れば偏りはありますが、あくまで個人のレベルで見れば、入試において合格基準をクリアすれば進学できることは間違いありません。

 時間はかかるかもしれませんが、社会は間違いなくいい方向に動いています。どうか自信を持って、自身のキャリアを選び取っていただければと思います。