高校で遺伝子組換え実験に3Dプリンタ。大学ではない。県立高校での話だ。
「高校研究家」の筆者が今回訪れたのは、茨城県つくば市にある公立校・茨城県立つくばサイエンス高等学校。2023年に開校し「科学技術科」を擁する新設校だ。
その実態は単なる「理系に強い高校」という言葉では収まらない。大学レベルの環境のもとで、生徒が自ら研究テーマを定め、実験・検証・論文執筆まで行う。いわば「研究者の入口」のような教育が行われているのだ。

その正体を探るため、同校校長の石塚照美先生に話を伺った。

なぜ新設されたのか──例外的な県立高校
少子化が進む中、公立高校は統廃合の時代にある。そうした中での「新設」は、それ自体が例外的だ。
「学校主導ではなく、茨城県の教育改革プランに基づいて設立されました。県としてITやデジタル人材の育成に力を入れており、その一環として本校と茨城県立IT未来高等学校の2校が計画されたのです」
つくばサイエンスは、かつてこの地にあった工業高校を前身として再編。背景には、つくば市および周辺地域における人口増加という事情もある。
「つくば市やつくばみらい市、守谷市は、全国的にも珍しく子どもの数が増えている地域です。新しい時代に対応した学校として生まれ変わりました」
だが、この学校の本質は「新しさ」そのものではない。真に注目すべきは、この後見ていくように、高校教育の枠組みを越えるその中身にある。
“高校離れ”した異常な設備
つくばサイエンス高校の最大の特徴は、設備にある。走査型電子顕微鏡、高速液体クロマトグラフ、太陽光パネル実習装置など、高度な設備は枚挙に暇がない。「充実している」というレベルではなく、高校の理科室から明らかに逸脱している。
「設備は日本一レベルです。本当にお金はかけています。」先生は語る。
実際に校内を歩くと、その言葉は誇張ではないとすぐに理解できた。最初に通された実験室は、鍵がかかり電気も消えていたにもかかわらず、室内はほのかに暖かい。精密機器を保護するため、温度や湿度が常時管理されているのだという。億単位のお金がかかっている機械は人間より大事にされているのだとか。
設置されている機器もまた異例である。例えば電子天秤は、小数点以下四桁まで測定可能な高精度のものが導入されている。「気圧やわずかなゴミでも数値が変わるため、絶対に触れないでください」と注意されるほどだ。


化学生物領域の設備も充実している。蛍光顕微鏡が設置されており、高校では扱わないレベルの観察が可能だ。大腸菌を用いた遺伝子組換え実験を行う環境も整っているという。実際に4週間にわたる実習が行われたというから、その内容はもはや大学レベルだ。




工学分野に目を向けても、その充実ぶりは変わらない。ロボット製作のための教室では、プログラミングと組み立てを一つの机の上で行える。「普通は、モノを作るところとパソコンは別々の部屋に置く。それを一緒にしています。」先生は言う。


さらに特筆すべきは、3Dプリンタの存在だ。1台約200万円の機材が10台も設置されており、生徒はこれらを自由に使用できる。こうした設備を使って、ロボットアームや水中ロボットの開発、火薬を用いたロケットの打ち上げといったプロジェクトも行われている。





こうした環境について、先生は言う。
「大学の先生方が『うちの大学にはここまで揃っていない』と驚かれます」
重要なのは、これらはすべて生徒の課題研究に接続されている点だ。次に見るように、つくばサイエンスの環境は高度な研究を前提にしている。
つくばサイエンスの花形、充実の科学技術科
つくばサイエンスの中核にあるのは、「課題研究」である。
近年、多くの高校で「探究学習」が導入されているが、つくばサイエンスのそれは質・量ともに一線を画す。
「週3時間、計6単位が割かれています。多いでしょう」先生は話す。
生徒は高2から2年間にわたり一つのテーマに取り組む。そして最終的には論文として成果をまとめる。
研究は「ロボット」「情報」「建築」「化学生物」の4領域に分かれて行われる。1年生で基礎を学び、2年生からはそれぞれの領域に分かれて専門性を深めていく。
「座学では先生方が手作りで教科書を作るものも。もう高校範囲の勉強は超えていますね」
生徒の研究テーマは例えば、「小型ロボットアーム用触覚センサの開発」「水害に強い住宅の研究」「お茶パックから発生するナノプラスチックの分析」など、ハイレベルな内容が並ぶ。

中でも先生が印象的だったと話すのは、農業のスマート化をテーマにしたある研究だ。
「先生、グラウンドでナスを育てても良いですか」
ある生徒のそんな声から研究は始まった。グラウンドの一角に実際にナス畑を作り、栽培データを収集。摘果の適切なタイミングをAIで判定するシステムの開発に取り組んだという。単なるシミュレーションではなく、実際にやってみる点に、つくばサイエンスの特徴がよく表れている。
研究の射程はより最先端の領域にも及ぶ。疑似的な無重力環境を作り出す研究や、宇宙環境におけるがん細胞の挙動を探る研究に取り組む例もある。いずれも高校生レベルを大きく超えた内容だ。
1年生の段階から動き出す生徒も少なくない。普通科・科学技術科の枠を越えて有志がチームを組み、水中ロボットを開発しコンテストに出場するといった活動も見られる。
研究の発表は、校内を超える。「JOYOハイスクールテックコンテスト」「SATテクノロジーショーケース」「ロボットアイデア甲子園」など、各種大会での入賞実績も豊富だ。
「明日からつくばの国際会議場で開かれるサイエンスエッジというコンテストにも、全国の数百件の応募の中から本校の4件が選抜され発表する予定です。」

こうした研究活動を支えているのが、外部との連携である。同校には「サイエンスアドバイザー」という制度があり、大学教授が生徒の研究に直接助言を行う。
「全員大学教授です。特別授業や課題研究のアドバイスに来てくださっています。鋭い指摘をバンバンしてくれますね。」
「特別授業は授業の一環として、普通科の生徒も合わせて1年生全員が受けます。週1回程度、ほぼ毎週やってます。」
加えて、近隣の筑波大学の学生が関わる機会も多い。講演や相談対応、研究室訪問を通じて、生徒は大学レベルの研究環境に接続されている。学校にない設備を大学で使用させてもらうこともあるという。
さらに特筆すべきは、ノーベル賞受賞者の小林誠氏が名誉校長を務めている点だ。小林氏による直接講義を受ける機会も用意されている。
もっとも、こうした環境の中でも成果の出方は一様ではない。
「やる気のある子はどんどんのめり込むし、そうでない生徒もいます。でも、特別授業や課題研究がカリキュラムに組み込まれていると、自分の興味を見つけるきっかけになる。外部との接触の機会が多いので、様々なテーマとの出会いは多いと思います。」
つくばサイエンスは「全員を研究者にする」ことを目指しているわけではない。むしろ、多様な関心を持つ生徒に対して多様な探究に触れる機会を環境として支えている。その理念は普通科の設置にも表れている。
理系特化校に「普通科」が設置された理由
つくばサイエンス高校は、科学技術科を中核とする学校である。しかし、その一方で2025年4月には新たに普通科も設置された。この一見すると異なる二つの学科は、どのような関係にあるのだろうか。
「普通科とはいっても、理系的な要素をかなり強めに出しています。ただし、文系に進む生徒にも対応できるように設計しています。いわば文理融合型の普通科です」
特徴的なのは、普通科でありながら「理数探究」がカリキュラムの中核に据えられている点。理科と数学をベースに、データサイエンス的な手法も取り入れた探究活動が行われており、これは県内でも唯一の取り組みだという。
その一方、普通科はリスクヘッジとしての役割も補強している。入学後に興味関心が変化する生徒も少なくない。そうした生徒にとっては、理系・文系いずれの選択肢も残されている。
しばしば比較対象として挙げられるのが、高等専門学校(高専)である。専門性の高さという点では共通するが、その設計思想は異なる。
「高専と違って、本校は3年間で、普通教科の授業も多い。だからこそ、進路の選択肢を残せるんです」
確かに、高専は留年する生徒や退学する生徒も毎年多くいるという。理系専門の授業の内容がかなり高度なので、それについていけないことも多々あるからだ。
普通科の存在は、そのようなリスクヘッジを制度として組み込んでいるのだ。そういう意味では、つくばサイエンスは高専と高校の「いいとこ取り」なのかもしれない。

つくばサイエンスが教えるもの─生徒の進路は
つくばサイエンスは「研究経験を進路に接続する」ことに強い。
「理工系に進む生徒が多いですね。特に国立大学の総合型入試では、自分の研究をアピールする機会があるので、そうした方式で合格する生徒もいます」
同校では2年間にわたる課題研究を論文としてまとめる。このプロセスは、近年拡大している総合型・学校推薦型選抜と親和性が高い。「高校で何をしてきたか」が問われる入試で、明確な武器を持って臨むことができる。
「これからは、大学入学者の半分ほどが年内入試になる時代です。本校の取り組みは、そうした流れにも適応しています」
こうした教育の成立は、つくばという地域の特性なしでは語れない。
近隣には筑波大学や研究機関が集積し、JAXAなど最先端の研究拠点も存在する。実際に、研究者出身の教員も在籍している。
「うちの施設設備を見て、『こういうところで学びたかった』とおっしゃる保護者が結構います。つくばの研究施設にお勤めで、自分と同様に子供にも理系に進んでもらいたい、という方からの支持があります。」

「つくば市、茨城県自体に『科学に力を入れていこう』という風潮がありますね。他の地域で同じことをやろうとしても、行政や民意の理解の問題や予算の問題もある。つくばだからこそ実現できる側面はあると思います。」
まとめ─つくばサイエンスが目指すもの
つくばサイエンスが目指しているのは、単なる理系人材の育成ではない。
「AIやデジタル化が進むこれからの時代、理系的な素養のある人材が必要とされると思います。ただ一方で、完全な理系人間でも良くない。文系の力も必要です。どちらの素養も持っている人材が、地域を支えていくのだと思います」
専門性を持ちながらも、分野を横断し、社会の中で機能する人材を育てようとしているのだ。
「ロボットって1人では作れないんです。チームでの分担作業が必要。プログラミングする人、実際に手を動かしてそれを組み立てる人、設計図を書く人、できあがったものを実際に使うための計画をする人も必要だし、広報する人も必要ですね。チーム戦なんです。」
「私はこれが今の世の中で必要なことではないかなと思うんですよ。物理数学が苦手であってもロボットの製作には携われるんだよ、ということを伝えたい。普通科の子もロボットの製作チームに入ってるっていうのも、この話と通ずるものがあります。」

こうした思想の前提にあるのが「探究力」である。
「自分で課題を見つけて、試行錯誤しながら解決していく。その過程そのものが力になると思っています。大学でも社会でも、自分で考えて行動し続けることが求められますから」
高度な実験設備、大学や研究機関との連携、専門性の高い教員。それらすべてが、生徒の試行錯誤を支えるために機能している。
つい数週間前、この学校から初めての卒業生が巣立った。前例のない教育に最初に挑んだ「1期生」である。先生はその姿を見て涙したという。
つくばサイエンス高校が目指すのは、ただの「探究ができる学校」ではない。充実した環境で、多様な生徒が手を取りながら探究をやり切る学校である。
この教育モデルが、これからどのように存在感を放っていくのか。引き続き注目していきたい。






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