「19年間、一度も塾に行ったことがないんです」
岐阜県の飛騨地方。大学進学する人の方が少ないこの山間部で、片親育ちの徳田有花さん(東京大学文科三類1年)は、誰もが驚く言葉を口にします。
ーー地理的に塾がない、経済的に余裕がない
一般的には決して恵まれているとは言えない環境。しかし徳田さんは、この環境から海外大学4校&東大推薦入試で合格を果たしました。彼女の体験からわかるのは、「どんな環境であっても、それを言い訳にせず前に進もうとする姿勢こそが力になる」ということでした。
大学進学がマイノリティな地域で育った原体験
——徳田さんの育った環境について教えてください。
徳田:岐阜県の飛騨地方出身です。地元は大学進学する人の方が少ないような場所で、高校卒業後は就職したり専門学校に行ったりする子も多い環境でした。親も「大学は進学してもしなくてもいいよ」「地元に残ってくれたらそれはそれでありがたい」という感じで。
——教育環境・教育方針はいかがでしたか?
徳田:地方だったので地理的にも塾がなかったし、家もそんなに裕福ではなかったので、教育に多額のお金はかけられませんでした。実際、19年間一度も塾に行ったことがないんです。親は「やりたいことはやったらいい」というスタンスでした。でも「金銭面ややり方は全部自分でなんとかしなさい」という感じで、すべての責任と権利を委託してくる親でした。
——具体的にはどのような?
徳田:課外活動や大会も機会があったら全部挑戦しました。進路選択においても、海外大学に進学したいと言った時も「金銭面や出願は手助けできないけど、そこをなんとかできるなら好きな道に進んだらいい」と。応援はしてくれるけど、自分で全部やりなさいという感じでした。
——それが今の徳田さんの主体性につながっているのですね。
徳田:小さい頃から、今ある環境の中で自分に何ができるかを考えるようにしてきました。環境のせいにしても何の解決にもならないし、それでは自分の成長や新たな機会を得ることはできないと思っていたからです。高校を選ぶときも、将来の大学進学を見据えて進路を考えました。
もともと私は、勉強したり、身の回りの疑問について深く考えたりすることが好きで、新しい知識を得ることに純粋な面白さを感じていました。大学に進学したいという思いはずっと持っていたので、進学実績のある岐阜市の鶯谷高等学校(偏差値60程度)に進学しました。
進学校で気づいた教育格差の現実
——進学校に進学して、環境の違いを感じることはありましたか?
徳田:すごく感じました。自分は勉強することが大好きだけど、学校以外の教育機会は、そこまで得られていない。でも高校以降に出会った友人には、当たり前のように塾に行く子、留学に行く子、課外活動をする子がいて。教育機会に恵まれている環境にいる子たちがいる。でもその子たちは「勉強は好きじゃない」「親がやれって言うから」「大学に入るために勉強する」などの意見を持っていて、違和感を感じました。
——どのような違和感でしたか?
徳田:学べるということに対する日本の学生の特権認識が低い、学ぶことの価値を感じていないということです。教育機会に恵まれているのに、その価値を感じていない。このことに対して問題意識が芽生えました。
”第一志望がない”という学校選びの概念
ーー大学選びはどのようにしましたか?
徳田:自分はそもそも”第一志望”という考え方がありませんでした。やりたい研究、特に比較教育の研究ができそうなところを受け、受かったところが自分にFitする大学だと考えていました。そのため、アメリカの大学を考えていました。
ーー柔軟な考え方ですね。アメリカの大学を志望していた理由はなんでしょうか?
徳田:様々な活動をしている中で、いろんな国際大会に参加させていただく機会をいただきました。その中で自分とは全く違う文化的背景や環境で育った人たちと話をすると、自分の常識がどんどん壊されていく感覚があってすごく面白いなと思いました。大学でもそんな多様な環境に身を置けたらいいなと思ったんです。それと、教育学についての論文や研究を調べる中で、日本よりも海外の方が定量的な研究ができるかなと考えたからです。
これらの理由でアメリカの大学も15校ほど受験し、ミシガン大学をはじめとする4校から合格をいただきました。
ーーそれはすごいですね!では、なぜアメリカの大学ではなく東大に進学したのでしょうか?
徳田:奨学金に落ちてしまったことが大きいです。私の場合1000万円以上(全額給付型)の奨学金がないと海外への進学は難しいと判断していたのですが、残念ながらどの奨学金も獲得することはできませんでした。
——それはとてもお辛かったでしょうね。
徳田:全額給付型の奨学金の合格率は約5%で狭き門だとはわかっていましたが、実際に自分が落ちてしまったときは悔しい気持ちも、応援してくださった方に申し訳ないなと思う気持ちもありました。
ーーどのようにお気持ちを切り替えましたか?
徳田:私の中では、大学選びの軸が「比較教育の研究ができること」とはっきりしていたので、比較教育の研究は日本でもできると考えすぐに切り替えることが出来ましたそして、日本で一番その環境が整っていると感じたのが東京大学でした。自分の学びたいことを軸に柔軟に進路を選んだ結果、今の場所にたどり着いた。そう思えるからこそ、今では東大を選んでよかったと心から感じています。
「受験のためではない」純粋な学びが推薦入試を制した
——東大推薦入試はいつ頃から準備を?
徳田:実は出願を決めたのは、出願締切1ヶ月を切ったころだったんです。
——1ヶ月前!それで合格とはすごいですね。
大学合格のために活動していたわけではなくて、そもそも自分が純粋に疑問に思ったことや関心があることに対して、行動してきただけなんです。推薦入試では、その経験や考えをまとめたらそれを評価していただけました。
——具体的にはどのような活動を?
徳田:岐阜県は不登校の子が多いこともあり、学校に行っていない子を含む小中学生への学習支援から始めました。でも関わっているうちに、子ども一人一人に問題があるわけではなく、教育システムに問題があるんじゃないかと思うようになって。
——学習支援で具体的にどのようなことがわかったのでしょうか?
徳田:それこそ小学生の昆虫大好きな子が理科を一生懸命勉強してたり、宇宙のことについて目を輝かせて話してくれたり。学校外でそういった学習を楽しんでいるのに、学校の授業では何かが違うと感じていて不登校になっている。でもそれはその子が悪いわけではなくて、改善すべきなのは教育システムや学校・受験の制度なんだと思いました。
徳田:日本だけでは比較ができなかったので、海外の学校制度について調べていきました。そうしたら、海外の教育制度や受験制度は日本と全く違うことがわかりました。PISAのデータでも日本の子どもの傾向として「学びの楽しさを感じていない」「子どもの人生満足度が低い」というデータがありました。日本のように受験社会と言われるような国は、そうなりやすい傾向にあると分かるデータもありました。
——どのような海外制度を研究されたのですか?
徳田:自分が主に見てたのはオランダのイエナプランです。日本でも導入しているような学校があったので、実際に見学に行って先生にお話を聞いたり、生徒と話してみたりしました。
——オランダのイエナプラン教育とはどのようなものですか?
徳田:オランダのイエナプラン教育は、一人一人を尊重しながら、自立と共生を学ぶ教育モデルです。特徴的なのは異年齢学級で、クラスが二学年ごとで構成され、小さい社会にするみたいなイメージです。他にも自分自身で時間割を決めたり、そもそも科目ごとで学習を区切るのではなく、対話や遊びなど人間の生活に不可欠なものの中で学んだりしています。子どもたちの主体性や協調性を育むような教育制度ですね。
——そのまま日本に導入したいとお考えですか?
徳田:理念はすごくいいなと思っています。ただ、完全にそのまま海外の教育制度を導入するのは違うなと、活動する中で気づきました。やっぱり基盤にある社会や人の考え方等が違うと上手く行かないことも多くて。日本と海外のそれぞれの教育の良さを融合したり、それに見合った受験・教育・社会システムを構築していくのがいいかなと漠然と思ってる感じです。
——推薦入試の書類ではこうした活動をどのようにまとめたのですか?
徳田:活動とその中での思考の流れを推薦書類ではまとめました。自分が実態に感じた違和感から始まって、不登校支援などを通して教育システムの課題に気づき、海外の教育制度を研究して、でも単純な導入ではなく、日本の良さと海外の良さを融合できたらいいなという、その一連の思考プロセスを書きました。
環境の制約の中でも東大に合格できた理由
——東大に合格できた要因は何だと思いますか?
徳田:一番大きいのは、純粋に学ぶことが好きだったことだと思います。受験のためではなく、本当に知りたいから学ぶ。その姿勢があったから、推薦入試でも自然に評価してもらえたのかなと思います。
——環境の制約をどう乗り越えましたか?
徳田:「環境がこうだからできない」という発想がそもそもなかったんです。やろうと思ったらできると思ってましたから。情報がなければ自分で調べる。お金がなければ工夫する。制約があっても、その中でできること、その環境だからこそできることは必ずあると思います。
現在の充実した東大生活
——実際に東大に入学してみていかがですか?
徳田:本当に充実しています。学校内の勉学も研究も深めやすく、東京にいることで学校外の活動もしやすくなったなと思っています。大学内の活動で言うと、特に「馬路ゼミ」と推薦生のコミュニティは所属できて本当に良かったなと馬路ゼミは学年約10人の選抜ゼミで、毎週英語の記事について議論するんです。例えば、アメリカのトランプ政権について日本や他国への影響を話し合ったり、国連の拠出金滞納による機能低下について議論したり。すごくアカデミックで、参加者の知識も熱量もすごいので圧倒されてただ居るだけで終わらないようにしがみついていってます(笑)
——推薦生のコミュニティはいかがですか?
徳田:推薦生のコミュニティは、ある特定のことに強い問題意識を持っている人が多いです。一言では到底まとめられないくらい多様で、みんな興味分野もバラバラなので、視点が多くて、いろんな角度から物事を見れる人が集まっています。会話をする中でも「その考え方があるのか」とか「その方面からこの論点考えられるんだ」みたいな発見があって、勉強になります。
将来の教育への想い
——将来はどのような道を歩みたいとお考えですか?
徳田:純粋に学びそのものを楽しんでくれる子が増えたらいいなっていうのを一番の基盤として持っています。受験のためだけに勉強するよりも、学び自体を楽しむとか、その学問からつかみ取れる世界の見方を楽しむことを学校教育に持ってこられたらいいなと思ってます。
——具体的にはどのような活動を?
徳田:アカデミアをちゃんと学んだ上で、アカデミアの知識を用いながら政策だったり、教育の社会実装やビジネスに活かせるような人になりたいと考えています。研究者的な側面も持ちつつ、でも現場感を忘れず、地に足をつけたことも考えられるところにいたいなと思っています。
最後に
徳田さんの体験が教えてくれるのは、環境の制約よりも、学びに対する姿勢が重要だということです。
「環境がこうだからできない」という発想ではなく、「今ある環境でどんなことができるか」を考える。
塾に19年間通わなくても東大や海外大学に合格できたのは、「純粋に学ぶことが好き」で「本当に知りたいから学ぶ」姿勢があったからです。地方出身でも、経済的制約があっても、学ぶことの楽しさを見つけられれば道は開けます。
徳田有花さんは現在、東京大学で「学ぶ楽しさを感じられる教育」の実現に向けて研究を続けています。
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