いま、「高専」にひそかなブームが訪れていることをご存じでしょうか? 高等専門学校を略して「高専」。中学卒業後に入学し、5年間の一貫教育を施すことで、実践的な技術者やエンジニアを育成する高等教育機関のことです。

 近年だと芥見下々氏による人気マンガ『呪術廻戦』にて、主人公たちが「呪術高専」の高専生であるとして話題を呼びました。ですが、現状日本に現存する高専はわずか58校と、全国で4,500校以上が設置される高校や、800校近くが設置されている大学に比べてあまりにも少ない。それもそのはず、日本の高専進学者の割合はわずか1%ほどしかないのです。

 そんな中、コロナ禍もあけつつある2023年になって、約20年ぶりに新たな高専が設置されました。徳島県神山町に誕生したその学校の名は「神山まるごと高等専門学校」(通称「神山まるごと高専」)。

神山まるごと高専様ご提供

徳島市内から車で40分かかる、人口わずか5,000人足らずの過疎地域に建てられた学校ですが、「立ち上げメンバーが全員起業家」「学費全額分の給付型奨学金を希望者全員に支給」など、聞いたことのない文句ばかりが並び立っています。

果たして、誰が、なぜ徳島県の小さな町で高専を始めたのか? 
入学者全員に毎年学費分の奨学金を給付するほどの財源はどこで確保しているのか? 

今回は、「神山まるごと高専」創業メンバーの一人であり、理事を務める松坂 孝紀様に、気になることを全部まるごと伺いました。

松坂様ご提供

ねらいは「子どもの可能性」の開花

孫:約20年ぶりに新設された「神山まるごと高専」。いったいどうして立ち上げようと考えられたのでしょうか?

松坂:私はもともと、東京大学の教育学部を出てから、新卒で社会人教育に関わる会社に入社したんですね。東大の教育学部って、先生になるためではなく、教育システムそれ自体に興味がある人が集まりやすいんです。官公庁や、教育系の会社に入る方も多い。

数年間勤めた後、人事コンサルの会社を起業。ヒトづくりや組織づくりに関して、5年ほど関わっていたのですが、ある時面白い話を耳にしたんです。

もともと新卒入社した会社で、私の採用担当を務められていた方で、株式会社CRAZY創業者である山川さんという方がいらっしゃるのですが、彼女が「神山まるごと高専」なる学校を立ち上げるのに携わっているらしい……と。

話を聞きに行ってみたら、「地方で社会を変える起業家を育てる新しい学校をやる!」と、めちゃくちゃ面白そうなことをやっている。

でも、話を聞いているうちに「実際、現地で学校経営は誰がやるのかな?」と疑念が沸きあがってきたんです。同時に、私の中で「自分がやるのがいいのでは」と確信めいた何かが固まった。

経営するなら現場を知らないといけませんから、もちろん移住が前提です。縁もゆかりもない、なんなら生まれて初めて降り立つ四国でしたが(笑)経営していた会社を後任に託して、半年後に移住して、学校の立ち上げにフルコミットしていくことになります。そして、2023年に無事に開校したという流れです。

松坂様ご提供

孫:起業家を育てるとは伺ってますが、正直「なんかキラキラした目標をぶち上げて景気よさそうにしてるだけなんじゃないの?」って懐疑的な目線も多そうですよね、私自身も初めはちょっと疑ってかかっていましたし(笑)。では、実際のところどういうシステムで育成されているのでしょうか?

松坂:もちろんそういう見られ方をしていることも承知しています。ただ、高専のシステムを採用したこと自体が起業家教育につながっているんです。

日本の高等教育機関といえば、パッと出るのが大学や専門学校あたり。もちろんこれらが充実していることはいいことですが、入学できるのが18歳以降である点が非常に惜しく感じていました。高3から何かを始めても遅すぎる。

日本では「中学校を出たばかりで起業とか専門教育とか、難しいことをやってもわからない」という空気がありますが、私たちはそう考えていません。もちろん、素質や資質はありますが、それらが開花するまでを含めて「教育」だと定義しています。

我々は、中高生年代の力を信じています。「子どもに難しい課題は無理」ではなく、「難しい課題の解決を通して、通用するレベルまでレベルアップしてくれる」と信じているんです。

だからこそ、15歳から20歳までの貴重な期間を一貫して育てられる高専のシステムが、当校にはピッタリだと思いました。実際に、開校してから3年が経ちますが、この試みは間違っていなかったと年々確信が強まっています。

「地に足がついた起業家」を育てる

孫:大人が集めたお金で子どもたちをキラキラさせているのではなく、子どもたちの底力に期待するからこそ高専のシステムを取っている、と。私も貴校について調べる中で、「どうやらここは、キラキラスタートアップをむやみに立ち上げさせるような学校じゃなさそうだ」と感じ、印象が随分と変わりました。

松坂:起業家教育というと、どうしても「キラキラ」しているイメージもついて回りますよね(笑)。ただ、当校の理念には「モノづくり」が深く関わっています。

テクノロジーを学ぶのはもちろんですが、魅力的なプロダクトとしての「モノ」を作るためには、デザインを学ぶ必要もある。学際的な学びを展開する根本は、在籍生の誰しもに、魅力的な「モノ」を作れるようになってほしいと考えていることにあります。

神山まるごと高専様ご提供

単純に起業してお金を稼ぐだけなら、ビジネスモデルを作って資金調達をして、それを回せばよい。それはそれでよい考えですが、我々は「モノづくりの能力の有無」が今後の時代を生き抜くカギになると予想しています。

AIによるプログラミングや、作画・作曲などがもてはやされていますが、これも「モノづくり」の技術的ハードルが誰にでも可能なレベルにまで降りてきたからこそですよね。誰しもがモノづくりに関われる時代に突入した。だからこそ、インターネット上では、進化の狂乱が毎日のように渦を巻いている。

世界を見渡しても、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグなど世の中を席巻するビッグテックの発起人は、みなモノづくりで卓越した能力を示している。自分の思想をモノとして社会に実装する際に、自分の手でやり切れるかどうかが重要なんです。

そう言った背景から、私たちはまず「モノが作れる」状態を目指します。モノづくりに携わる人が、結果として自分のプロダクトを武器に起業する。これが、我々の目指す「起業家教育」のひとつの到達点です。

孫:結果としてはスタートアップがたくさん立ち上がる状態になるでしょうが、キラキラ起業家を量産するわけではなく、それぞれが価値あるモノを社会に実装できる状態で送り出す。つまり、武器となるプロダクトを自ら生み出せるレベルまで育てることに主眼が置かれているんですね。

正しいアントレプレナーシップ教育が社会に定着していない日本の環境では、どうしても「怪しい」「口だけ」のような偏見の目線が注がれてしまう。だからこそ「キラキラ起業家塾」のように見る人も出てくるわけですが、本当のところはあくまで実直にお金が稼げる状態に導くことを重視していると。

松坂:おっしゃる通りです。だからこそ、我々は育てる学生像を「モノをつくる力で、コトを起こす人」と置いているんです。

孫:ビジネスデザイン的なエッセンスは後付けであって、どちらかというとべったり地に足がついたプロジェクトですよね。キラキラよりも泥臭く地道に努力をする環境が用意されている感じ。

企業奨学金は「エコシステムへの投資」

孫:それにしても、希望者全員に学費全額を賄える給付型の奨学金を用意されているなんて、太っ腹ですね。学校全体で200人程度在籍されているようですが、全員の学費を全額賄えば億単位の支出が発生するのでは?

松坂:当校の学費は、200万円に設定しています。これとは別に寮費がかかるので、確かに高い出費なのは否めません。

神山まるごと高専様ご提供

ただし、希望者全員にもれなく返済不要の給付型でそっくり200万円の奨学金を支給しています。まぁ、「希望者全員」といっても、まずみなさん希望されますから、実質「全学生に」ではあるのですが(笑)。また、寮費についても、世帯年収に応じて様々な支援制度があります。

「良い教育は、高くつく」。
自明の理ではありますが、「一部の富裕層にしか届かない教育」に、疑問を抱いていたのも事実です。

すべての人に、優れた教育を届けるためには、贅沢な環境を用意しつつ、誰もがその環境を享受できるような制度が必要です。だからこそ、「学費に代わる奨学金の確保」は構想時からずっと軸として据えてきました。

そのためには、ご指摘の通り毎年億単位の利益を生み出す仕組みが必要です。そこで、11社の企業から各社10億円の寄付および拠出をお願いしました。合計100億円以上の基金が集まり、これの運用益が奨学金の出どころになっています。

孫:素晴らしい試みのように感じますが、企業側にはどんなメリットがあるんですか?

松坂:そこは企業によりけりですが、どの会社からも「日本の教育を前に進めていきたい」という思いを感じました。

中でも印象に残っている出来事がありまして、ある企業と交渉の末、無事に拠出いただけることが決まったのですが、その際に「日本の教育をよろしくお願いしますね!」と爽やかに伝えられたんです。

孫:とてもサラッとは流せないですね(笑)。

松坂:ええ、本当に(笑)。「こういうことを言ってくださるような、目線の高い企業がたくさんあるのだ」と、本当に励みになりました。とはいえ、綺麗ごとだけで回っているわけではなく、企業側には「エコシステムに対する投資」と説明しています。

毎年、提供元企業の名前を関した奨学生が出ますが、奨学金が給付される限り、優秀な学生たちが、各企業名を背負って社会に羽ばたくわけです。もちろん、その企業に就職が決まっているわけではありません。

ただ、当校の学生や卒業生と、その学びを助けた様々な企業との関係性が形成され、いつかは巨大なエコシステムを形作る。世代を超えて、新しい仕組みや新しいコミュニティを創設していくなだらかな試みに関わっていける。それこそが、我々が各企業様にお話しした拠出のメリットです。

孫:それは間違いない。卒業生の中からひとりスティーブ・ジョブズが出たら回収できますからね。短期的にではなく、100年単位の長い目で見るならば、出資金額を大きく超える価値に触れられるでしょう。

学力ではなくマッチングで選別

孫:入試システムもユニークで、「マッチング度合い」を測ると聞いていますが、いったいなぜでしょうか?

松坂:一般的な入試と言えば、ペーパーテストですよね。補足して面接とか志望理由書が入るときもありますが、大まかに言えば「学力・偏差値」を基にした入試方法。

でも、私たちは偏差値が高い学生ばかりを求めてはいません。
それより、当校に合う学生に来てほしい。

だから、勉強ができるかどうかではなく、神山まるごと高専に合うかどうか。すなわちマッチングを測っているんです。

神山まるごと高専様ご提供

この入試システムの構想は、かつて私が人事コンサルティング会社を経営していたことにも根ざしています。就職の際には、「人と企業とのマッチング」なんていいますが、学校はいまだに学力が中心的なモノサシですよね。

でも、私は学校こそマッチングで測るべきだと考えています。大人なら、会社を辞めて転職なんて選択肢も取れますが、子どもが勝手に学校をやめることは難しいですし、やろうとしてもまだまだリスクが大きすぎる。

入口のマッチング重要度は起業よりも学校のほうが高いのに、実際にはそうなっていない。だから、当校では「人と学校のマッチング」を重視しようと考えたんです。

孫:これはアメリカの大学入試と非常に似通ったシステムですよね。そして、貴校に関しては伝統的な学力審査よりも、そのような仕組みによる選抜のほうが適しているでしょう。なぜならば、アメリカの大学と同じように、多くの学生が地元以外からやってきて寮生活をしながら通う形式をとっているからです。

そもそも、米国の大学入試がなぜ推薦選抜の形式をとっているのかといえば、それは「偏差値だけ高いけれど、熱量が低い人には来てほしくない」から。寮が付属している以上、ただの学校というより、どうしても共同生活の場としての面が強く出てしまう。

第一に求められるのは、優秀な学生の確保ではなく、「コミュニティの維持と繁栄」であり、人格や姿勢が大きく異なる人が入ってくると、最悪の場合共同体が崩壊してしまう危険すらもある。

これは貴校も全く同じですよね。寮生活をしつつ、5年間一貫教育体制の下で学びを深めていく。ここでは、第一に「集団として馴染める人」であることが求められるはず。非常にこだわりを感じる入試システムですが、合点がいきました。

入試自体が成長の場に

松坂:だからこそ、開校当初は苦労しました。なんといっても、入学後のイメージのキホンを形成するべき「卒業生」が存在しないのですから。

ロールモデルがない以上は、卒業生の実例をもって「うちの学校らしさ」をアピールするのは難しい。ただ、最終的に「神山まるごと高専に行けば、うちの子が大きく成長して帰ってきそうだ」と親御さんが考えてくださるようになれれば、それで結果的には良いわけです。

実は、「マッチング入試」はそういう意味でも機能しました。当校の入試は、いわば入試自体を通して受験生が育っていけるような仕組みになっているからです。

とてもではないが、中学校卒業直後に独力で解くのは難しいだろう……誰もがそう感じるような課題を、敢えて出題しています。例えば、初年度には自由表現課題として「神山町に新しく商店を建てるなら、どんなお店?」と問いかけました。

神山まるごと高専公式ウェブサイトより引用(画像クリックで公式入試情報へ飛びます)

また、国語と数学の能力を重視しており、両方が必答科目に指定されています。国語は論理的思考力を、数学はテクノロジーを扱ううえで最低限の土台となりますから。ただ、国語についてはいわゆる現代文的なものではなく、社会で求められるような「総合した国語力」の測定が目的です。

例えば、ここ2年は作文を出題していますが、対話の中で衝突していく様を読んでもらった後に「この後、あなたはなんと発言するか?」を書かせるちょっとユニークなモノ。

正解がない状況で、前後の文脈や立場を踏まえて、いうなれば「空気を読んで」発言できるか否かが重要です。

これらの課題は、子どもたちどころか、きっと大人にとっても難しい。

「こんなの、どうすればいいの?」と感じたことでしょう。でも、これを最初からすらすらと解ける必要はないんです。むしろ、これに立ち向かう中で試行錯誤するを通すことで、結果的に入試を経て成長していくような体験を想定しています。

実際に、在学生の親向けに「入試を通してお子さんが成長したと感じられますか?」とアンケートを取った際には、5段階評価で平均4.5以上の高評価が返ってきました。

我々の意図が伝わったのだと感じましたし、神山まるごと高専を通じて成長できるイメージを持ってもらえたことで、子どもを安心して送り出していただける結果になったのだと思っています。

もちろん、あまり難しくしても出願ハードルが上がりすぎてしまいます。ですから、出題範囲や評価の観点を事前に公開することで、実質的なベンチマークを設定したり、過去問や合格者平均点を当校自ら発表して、少しでも間口が広がるようにしています。

社会との接続に秀でる”高専”

孫:こういった入試は、現在早稲田大学の人間科学部が導入しようとしていますが、なかなか難航しているようです。聞いている限りでは、貴校の取り組みのほうが上手くいっている。

なんといっても、高3からその能力を育てようとしても、遅いんでしょうね。そういう意味では、15歳からの一貫教育が可能な高等専門学校の形態をとられたのは、大正解だと感じます。

松坂:こういう力って社会で必要ですが、入試では求められませんからね。

「中学生にはまだまだ無理」なんて考えている大人も多そうですが、私たちは「きっとこれに対応できる15歳はたくさんいる」と信じている。実際に、新入生に入試の感想を聞くと「楽しかった」って口をそろえますからね。

孫:大学と高専だと向き不向きが大分違ってくるように見えますが、ご自身も東大を出られている身として、どうお考えですか?

松坂:いまは一本道のキャリアではありませんよね。高専から大学編入する人もいますし。ただ、最終的にはどのルートでも社会につながっていることは確か。

だからこそ、学校には「この先は社会と接続している」ことを表現する責務があると考えています。

中高一貫校は素晴らしい制度ですし、私自身もそこで育ったわけですが、その一方で、途中に大学が挟まる以上「大学まで」のレールが想定されやすい。大学は大学で社会への接続を行われているでしょうが、研究機関の側面が強い実態もあります。

そういった意味で、高専は15歳から社会とのつながりを意識しやすい環境です。高専以外の高等教育機関は18歳からの受け入れですが、高専だけは15歳から入れる。

いわば、日本で一番早く入れる高等教育機関だと言えるわけです。

研究がしたいなら、大学院進学を視野に入れつつ大学進学が一番でしょう。ただ、早く大人になりたい、早く社会に出て活躍したい……そう感じるならば、高専はお勧めです。

目先の大学より先を見据えて

現在の高校進学率は99%、大学進学率も60%に迫る勢いであり、「大学全入」はもはや当たり前になりつつあるように見えます。

しかしながら、本来大学をキャリアとして経験するのは、研究活動に没頭したり、その経験を積むため。それにも関わらず「社会に出るために必要最低限の試み」ではなく、近年では大学在学期間をモラトリアム扱いする動きまでもが出てきました。

実際には、私たちは社会集団を形成する一因として、社会と接続した暮らしを送る責務があります。そのためには、大学以外の選択肢——すなわち高専のような、より実践的な高等教育機関は大学以上に魅力的な選択肢になり得る。

様々な企業や起業家の想いを一身に受けつつ、志の高い仲間と、実直な「モノづくり」について学び続ける5年間を送る。今すぐにでも社会に出て活躍したい10代にとって、これ以上の修業の場はありません。

次世代のリーダーが巣立つ日も遠くないでしょう。今後の活動から目が離せません。