ここ数年、「直美(ちょくび)」(研修医を修了後、内科や外科の専門の道に進まず、直接 美容皮膚科・美容外科に進むこと)が話題になっています。

美容皮膚科・外科といってまずイメージするのは、高年収・定時退勤・ストレスの少なさ。

SNSで流れる“キラキラ医師”の姿を見るたびに、「地域の病院やクリニックで診療をするより、美容の方がコスパがいいのでは?」と感じてしまうのも無理はないでしょう。

しかし、現役の医学部6年生の私は

「直美は絶対にしない。今の時代では悪手の可能性が高い」

と考えます。

「医学部に入った理由は、他の学部では大学に行く意味がないから。例えば、文系だったら自分で本を読めば良い。」

という思いで学部を選ぶほどの”コスパ思考”の私が、コスパ最強である美容を選ばない理由。華やかに見える世界の裏側にある、ほとんど語られない“落とし穴”に迫ります。


直美とは?

近年、医療業界で話題になっているのが「直美(ちょくび)」という言葉。
これは““直(ちょく)で美容(びよう)”を略したスラングで、「研修医を終えた直後に、美容皮膚科・美容外科へ進むこと」を指します。

医師のキャリアは本来、ある程度決まった流れがあります。

①医学部卒業 (最短で24歳)
②初期研修 = いわゆる研修医 (2年間)
③後期研修 (3年以上) = 30歳前後で専門医を取得
その後は臨床・研究・教育・開業・子育て…など進路が分岐し始めます。

従来は、③の部分で外科や皮膚科などで一定の経験を積んだ後、美容外科や美容皮膚科に進むというのが定番のルートでした。

一方で、”直美”では初期研修修了後  (②の後③を飛ばして)、最短26歳で美容外科や美容皮膚科の道に進みます。


なぜ直美が“アツい”のか

では、なぜ従来の進路をたどらずに、直接美容業界に進むことを志望する医学生が増えているのか。その理由は、きわめてシンプル。「コスパの良さ」だと私は考えます。具体的にどう効率的なのかを見ていきましょう。

① 初任給は医者の2倍

大手美容外科に進んだ先輩からは、「26歳の初任給が2200万円」だったと聞きます。
一般的な診療科であれば、20代後半で1000万円程度。キャリアパスにもよりますが、美容以外を専門とした場合、年収2200万円に届くのは、医者と言えども35歳頃でしょう。それが、20代後半からもらえてしまって、さらにそこから上がっていく……あまりにも強烈な魅力です。

② 定時で働ける

また、見逃せないのが “生活の安定” 。若手医者はとにかくハードな働き方で有名ですが、それの根源となるのが「当直」と「残業」です。

実際に、大学病院の内科で勤務する後期研修医の話(③)を聞くと、

  • 7:00前に出勤
  • 24:00に帰宅
  • 月数回の当直
  • 休日にも勉強

特に、1番立場の低い20代後半は激務に違いないでしょう。この下積みがあってこそ将来の成功につながると信じ、皆歯を食いしばって耐え忍びます。

一方美容クリニックは予約制で緊急対応がなく、残業も少ない。

当直がなく、基本的に日中勤務(10:00-19:00のところも)。休日も、仕事や睡眠負債の消化ではなく、趣味や旅行に充てられる。
つまり、“医者とは思えないワークライフバランス”が可能なのです。

③華やかな生活

最後に、直美人気を象徴するのが「楽しそう」な点です。
SNSで見る美容医師は、総じて輝いている。もちろん、マーケティングのための“演出”も多い。 それでも、リアルで知る先輩の生活を見れば、あながち誇張とも言い切れません。

「美容に行った先輩のリアルアカウントを見ても、明らかに生活が派手になっている」なんて当たり前。

「銀座のお寿司やホテルのアフターヌーンティーに美容業界の人たちと頻繁に行っている」
「肌治療や整形で本人もどんどん綺麗になっていて、羨ましい」

お金と時間の余裕があり、若さと美しさに囲まれた充実した毎日を送っているように見える。仕事でなく、プライベートに重きをおくのであれば、これ以上ない条件です。

仕事に関しても、「美容に興味がある」「利用者さんが綺麗になることにやりがいを感じる」「要介護でロクにお風呂にも入れないような、不潔な高齢者の体に触らなくて済む」と医学生同士で話すこともあります。

プライベート・やりがいのどちらも兼ね備えている美容業界に、医学生・研修医の心が揺れ動くのも無理はないと思います。


コスパを上回る致命的な弊害

では、なぜ私が “コスパ” のよい美容外科・美容皮膚科に研修医終了後に進まないのか。

① 教育制度の不整備

まず第一に、医師としての基本的な技術を身につけられない不安があります。

通常、〇〇科の専門医をとるまでの数年間では、担当患者を持って積極的に診療に関わります。仕事量が多い一方で、検査や治療の方針を指導医に相談・報告が義務であることから、一定の教育は受けられる環境です。

一方で、美容業界では、二重を始めとした美容特有の技術に関しては、上級医や研修制度から学べるかもしれません。ただ、全身麻酔や大出血などのトラブル対応に関しては、専門的な指導が受けられないのではないでしょうか。(特に、”直美”の先輩からの指導では期待できないと予想します。)

緊急対応がわからないまま手術をすること以上に怖いことはありません。

②インフルエンサーになるリスク

次に、「個人の名前を売る」文化です。
自由競争の業界であるため、保険診療に比べて集客が重要になる。そのため、”○○クリニックの△△先生”として、個人の instagram を作ることは当たり前です。

ただ、そうなると怖いのが評判。
手術が成功しても患者さんが満足しなければ、評判が落ちたり誹謗中傷を受けたりといった、理不尽な仕打ちを受けることがある。しかも、目的が機能ではなく、「見た目の向上」にある美容外科はクレームが入りやすい。

また、仕事だけではなく、学生時代の課外活動など過去の情報を元に炎上するケースもあります。真意はどうであれ、「昔は 〇〇内科、△△外科を目指していたのに、コスパの良い美容に進んだ」 などの批判にさらされることも。

加えて、「人の命を助けるために勉強させてもらったのに、お金に魂を売った」と医学部時代の友人・知人からの冷ややかな目線も少なくないでしょう。

保険診療で無難に生きても20代で年収1,000万円には届きそう。結婚相手にも困らないだろう。そんな安定したレールがあるにも関わらず、お金のために、ネットのおもちゃになったり、医療業界の友人の信頼を失ったりするリスクを取ることは、本当に理性的なのでしょうか?

③ 潰しがききづらい

最後に、杞憂かもしれませんが、美容業界の競争激化です。

美容クリニック・美容外科医が爆増中

厚労省の医療施設調査によると、「美容外科」を標榜する診療所は2020年時点で約1,400施設だったのが、2023年には2,000件超まで増加し、3年で600施設増=約43〜44%増という異常な伸びを見せています。

「成長市場だからクリニックが増えている」と思いたいところですが、すでに撤退するクリニックも目立ち始めています。2024年にはアリシアクリニックが破産申請をしたことが、大きな波紋を呼びました。

つまり、市場は伸びているが、それと同時に美容クリニックも淘汰され始める、典型的なレッドオーシャン化とも考えられます。

美容業界で生き残れなくなったら?

美容業界での職がなければ、嫌でも「コスパの悪い」保険診療に戻るしかありません。しかし、専門医ではないわけですから、26歳と一緒に後期研修(冒頭の③)を始めなければならない。

もちろん、精神的に厳しいのは間違いないですし、そもそも美容に進む「意識の低い」(とみなされる)30代中盤の医師が採用される可能性も高くはない。少なくとも、競争率の高い都会での就職は難しいのではないでしょうか。

病院実習で外科の教授から

「美容に進むのは医師ではない。そんな奴が30歳くらいで面接にきても、絶対に採用したくない」

と言われたこともあります。

一方で専門医の資格があれば、アルバイトを始めとして職探しには困らないのではないでしょうか。
レッドオーシャンに飛び込むのであれば、そのリスクヘッジとしての〇〇科の専門医があるに越したことはありません。


まとめ

せっかく頑張って手に入れた医師免許。最大限に活用するには”コスパ”の良い美容医療へ、と考えるかもしれません。

しかし、その先に待つのは、不安定な市場や教育制度、訴訟・評判リスク、潰しのきかないキャリア。これらを抱える覚悟が必要です。

さて、26歳という若さと医師免許を持ち、年収1000万円が約束された状況で、プラス1000万の収入とこれらのリスク、どちらをとるのが賢明な選択でしょうか?

若くして医学部へ進路を向け、苛烈な受験勉強を勝ち抜いた聡明な頭脳を携えている方にとっては、考えるまでもない愚問かもしれませんね。